上海は7月上旬には梅雨が明け、夏本番を迎えています。湿度が高く蒸し暑いですが、深緑色の葉を広げたプラタナスの街路樹が、涼しげな木陰をつくっています。
古き街並みが次々と高層ビルに生まれ変わる上海では、この数年で仕事の仕方も大きく変化しています。その1つが緑色のアイコンのアプリ「微信(WeChat)」の活用です。中国版LINEとも呼ばれるアプリの普及で名刺交換は形骸化し、微信IDの交換が実質的な挨拶となりました。初対面の別れ際には双方がメッセージを送信し、そのままチャットが始まることも珍しくありません。日本では面談後に落ち着いてから御礼のメールをしようとPCを開く頃、中国では既に複数の関係者を招き入れたグループチャットが立ち上がり、情報共有や意思決定が次のステージに進んでいることも日常で、このスピード感には驚かされるばかりです。
また、このアプリは電子マネーの機能もあり、スーパーや飲食屋台、公共交通機関での支払いや、知人・友人への送金も可能です。私は上海に到着した翌日からすでに1か月間ほど現金を触らない生活が続いています。(ただし、携帯電話のバッテリー残量には敏感になりました。)
横断歩道でクラクションを鳴らして「我こそは優先」と走っていた自動車は、歩行者の横断を待つようになり、交通マナーも格段に向上しました。車のナンバープレートは、従前の青色から電気自動車など新エネルギー車を示す緑色が増えています。現在、上海市では青色ナンバー取得に10万元(約200万円)もの大金が必要ですが、緑色ナンバー取得には、この費用が不要で、現地でEVシフトが進むのも頷けます。
6月下旬の端午節には、有名な観光地である外灘(バンド)の絵葉書を買いました。静岡県内で暮らす娘に宛てた手紙は、中国郵政の緑色のポストに投函され、この文章が掲載される頃には、家族の手元に届いているだろうと楽しみにしています。
中国では、「果酒」と呼ばれる伝統的な果実酒に「楊梅酒」があります。楊梅(ヤマモモ)の果実を原料として使用し、砂糖と米麹などの材料と一緒に発酵・蒸留されてできたのが「楊梅酒」です。梅雨の頃に、実をつけることから、名付けられたと言われる楊梅(ヤマモモ)は、暑さに強く、耐乾燥性に優れた植物であり、浙江省、福建省、広東省、広西チワン族自治区などで広く栽培されています。「楊梅酒」は、中国の伝統的な文化に根付いた酒の一つであり、中国国内外で愛される酒の一つとして広く知られています。
果実酒の代表格「楊梅酒」
楊梅〈日本名:ヤマモモ〉は、浙江省では寧波市下の余姚(よよう)市の特産として知られています。6月中旬~7月初旬が滴下の盛期を迎え、その瑞々しい果実は、そのまま食べても柔らかくて甘酸っぱく、とてもおいしいですが、24時間ほどしか日持ちがせず、鮮度がすぐに落ちてしまいます。そのため、地元ではこの楊梅(ヤマモモ)を「白酒」(蒸留酒)に1カ月ほど漬けて「楊梅酒」を作り、年中、楊梅(ヤママモ)を楽しめるようにしました。余姚市では、瓶詰めされ市販されています。地場の「楊梅酒」は、アルコール度数は40度以上もあるため、一気に飲むと酔いやすく、ゆっくり味わったほうがよいとされています。また「楊梅酒」は、漬け込んだ楊梅(ヤママモ)を1個食べるだけで、腹痛や暑さ負けに効果があるといわれていますが、相当量のアルコールを含んでいるので注意が必要です。
拡大する中国の果実酒市場
中国のアルコール市場では、低アルコールにした果実酒は20歳から30歳代の若い女性に人気があり、特に都市部に住む人達が主力消費者になっています。中国では荔枝(ライチ)酒、枸杞(クコ)酒、梅酒、桃酒など、様々な種類の果実酒が季節ごとに登場して、季節感のある果実酒を楽しむことができます。また、市場に出回る、こうした果実酒は、白酒やビールに比べてアルコール含有量が低くて飲みやすく、また果実酒は栄養価が高く、ポリフェノールが多く含まれ、健康にも優れているとも言われています。
余姚江、奉化江、甬江の合流地点である三江口の北岸に、「老外灘」と呼ばれる場所があります。それは、かつてイギリス領事館、浙江税関、カトリック教会、寧波郵便局、商業銀行などとして使われた建物が並び、中国の伝統的な住宅建築とは対照的な欧風の雰囲気が漂う地域です。また、美術館やレストラン、コーヒーショップ、パブなども立ち並び、観光客だけでなく地元の若い世代や寧波に暮らす外国人に人気のスポットになっています。
三江口は、すでに唐代から中国四大港湾の一つで、鑑真和上はここから日本へ向かいました。また、ここは寧波幇(寧波商人)発祥の地でもあります。1840~42年のアヘン戦争後、清国は南京条約を結び、寧波は五大通商港のひとつになりました。開港後まもなく甬江の北岸は、イギリス、フランスなどの居留地として発展していきました。それが「外灘」です。「外灘」というと、上海のBund(バンド)がよく知られていますが、寧波の「外灘」の方が上海より20年ほど古い歴史があります。
寧波の貿易を支えたのは、「寧波幇」と呼ばれている同郷の商人集団です。寧波が通商港としての重要性を帯びたことで、甬江沿岸一帯は寧波人の商業活動の舞台となりました。やがて、寧波商人は上海へ集中的に移住し、清末の上海経済界で重要な地位を占めるようになります。寧波商人は、銭荘業や海運業などに従事し、有力な商人集団として成長していきました。銭荘というのは、中国の旧式の金融機関です。寧波商人の銭荘は、現金を授受せずに帳簿上で出入額を記載する「過賬制度」を用いて、大口の商業取引を促進しました。寧波の銭業会館は、当時の銭荘の姿をほぼ完全な形で保存している博物館です。会館には、寧波金融業の発展を記した碑文や歴史的モニュメントが残されています。
寧波という都市は、北京や上海ほどの繁栄はなく、中国の地方都市のひとつにすぎないかもしれません。しかし、唐宋代から東アジア海域交流の拠点で、あちこちに歴史の重みを感じる建造物が点在しています。寧波料理を味わいながら寧波の街歩きをする旅に、富士山静岡空港からの直行便が再開したら、ぜひお出かけください。
【寧波老外灘】
(出典:「寧波晩報」2021.7.15)
【寧波の銭荘】
(出典:http://www.360doc.com/content/23/0131)
拡大する潜在ニーズと専門人材育成
高齢者の介護や子どもの教育・保護、医療・保健サービスなど、きめ細かな支援が必要とされる現場において、ソーシャルワークの理念が重要視されています。日本では1987年に社会福祉士の国家資格制度が発足し、広く定着してきました。一方、中国でも2006年に「社会工作師(ソーシャルワーカー)」の資格制度が創設され、職業としての歩みを本格化させました。「助人自助(自立支援)」の理念に基づき、対象者が抱える日常生活上の問題やニーズに対し、自力で解決する能力(エンパワーメント)を高めるサポートを目標としています。しかし、中国におけるソーシャルワークは依然として多くの課題に直面しています。
第1に社会的認知度の低さ。一般市民や行政現場において、ボランティアやコミュニティ(社区)のスタッフ、あるいは民政部門の単純な代行者と混同されることが多く、専門職としての尊厳や評価が十分に確立されていません。
第2に伝統的な意識と援助要請の壁。困りごとが生じた際に「まずは家族や子どもに頼るべきであり、外部に相談するのは恥かしい」という意識が根強く存在します。これによりソーシャルワークの利用自体がためらわれる一方で、一度関係が構築されるとソーシャルワーカーを「身内」のように捉えて過度に依存してしまうという両極端な問題が生じています。
第3に人材の質の偏りと環境の脆弱さ。現場の実務者レベル(初級・中級)は増加しているものの、高度な判断や指導を行える上級ソーシャルワーカーは依然として少数、在職者研修も断片的、医療、司法、薬物依存・リハビリ、精神保健といった専門分野でのスキル不足が指摘されています。
第4に処遇面と組織基盤の課題。多くのソーシャルワーク機関(NGO/NPO)は小規模で、政府の委託事業に頼る事業形態のため財務基盤が不安定です。従事者の給与水準も月額3,000?5,000元程度にとどまるケースが多く、労働条件の厳しさから離職率の高さが定着の妨げとなっています。
少子高齢化の急進や障がい者の社会参加、メンタルヘルス支援など、ソーシャルワークへの潜在的ニーズが急増しているにもかかわらず、供給体制や制度環境が追いついていないのが実情でした。こうした状況を打開するため、中国政府(中弁・国弁)は「ソーシャルワーク専門人材チームの建設強化に関する意見」を打ち出しました。今後数年間でソーシャルワーク人材の構造を合理化し、職業化・専門化レベルの向上、上級人材の拡充、および全体の規模拡大を目指す目標が設定されています。具体的には、全プロセスにわたり以下の柱を軸とした体系的施策が推進されます。
1.育成の加速:高等教育での専門コース拡充と体系的な継続教育の構築。
2.活用の強化:コミュニティ、福祉施設、病院、学校、司法機関など多様な分野での配置拡大。
3.評価制度の改善:専門能力と実績に応じた資格・評価体系の整備。
4.インセンティブの最適化:適正な給与保障とキャリアパスの明示による定着促進。
5.組織・実施体制の強化:財政支援の拡充と組織運営の安定化。
なお、本取り組みの基盤には「新時代の中国特色社会主義思想」による理念の統一と、中華伝統文化の優れた要素の継承が掲げられています。党および政府の指導のもと、中国の国情や文化背景に即した「中国式ソーシャルワーク」のモデル構築が進められており、数年後には専門職として確固たる市民権を得ていくことが期待されます。
中国通信:「ソーシャルワーク専門人材育成に関する意見/中弁・国弁」等参照・整理等を参照整理
※ミニレポートの追加記事、NOTEに掲載。https://note.com/fine_whale2904)
中国の若者を中心に広がる『谷子経済』は、キャラクターIPを核とした新しい消費文化として急速に存在感を高めている。その象徴的な事例が、香港アーティスト・龍家昇(Kasing Lung)が生み出したキャラクター「LABUBU」である。うさぎのような耳とギザギザの歯を特徴とするこのキャラクターは、中国のデザイナーズトイブランドPOP MARTの代表作として世界的な人気を獲得した。SNSでの拡散を契機に東南アジア、とりわけタイでブームとなり、タイと中国の外交50周年を記念した限定モデルが発売されるなど、国際的なIPへと成長している。サッカーワールドカップとのコラボ商品も展開され、「LABUBU」は中国発IPの象徴的存在となった。POP MARTは2010年に北京で創業し、アート性の高いフィギュアを中身の見えない箱に封入した「盲盒(ブラインドボックス)」を主力商品として急成長した。日本のガチャガチャと似た仕組みだが、ターゲットは子どもではなく、若年層や成人のコレクターである点が大きく異なる。ストレス社会の中で「小さなご褒美」や「癒し」を求める若者の心理に合致し、盲盒(ブラインドボックス)は中国の潮玩(トレンド玩具)市場を牽引する存在となった。
この潮流を支える基盤が『谷子経済』である。「谷子(グーズ)」という言葉は英語の“goods”に由来し、漫画・アニメ・ゲーム・小説・アイドルなどのキャラクターIP商品を指す。経済成長の鈍化や競争圧力の高まりといった社会背景の中で、若者の価値観は「物質的豊かさ」より「心の豊かさ」へと比重が移り、低価格で満足感を得られるキャラクター商品への支出が増加した。こうした心理的ニーズが谷子消費を押し上げ、市場は急速に拡大している。谷子経済の形成に大きく寄与しているのが「同人」と呼ばれるコアファンコミュニティーである。この言葉はもともと日本で文芸家の仲間を指す語として使われていたが、中国でも2000年代後半から同じ意味で普及した。同人たちは好きなキャラクターについて積極的にイベントを開催し、SNSで情報を拡散することでライト層を巻き込み、市場の熱量を維持している。中国最大級の同人イベント「COMICUP」は来場者数が20万人規模に達し、『谷子経済』の社会的広がりを象徴している。
谷子市場では、中国産IPグッズが「国谷」、日本産IPグッズが「日谷」と呼ばれる。LABUBUのような国谷の勢いが増す一方で、日本IPの存在感は依然として大きい。上海や北京ではBANDAI SPIRITSやアニメイトなど日本企業の直営店が増加し、正規ライセンスを受けた中国系小売店も日本IP商品を積極的に展開している。日本IPを扱うイベントも頻繁に開催され、日谷は谷子経済の成長を支える重要な柱となっている。市場規模は2024年に1,689億元へ拡大し、今年には2,200億元、2029年には3,000億元を超えると予測されている。国谷の台頭が著しい中で、日谷が今後も成長を続けられるかが注目される。日本IPは長年のファン層と強固なコミュニティーを持ち、世界観の深さやブランド力に強みがあるため、市場全体の拡大とともに国谷と並走しながら成長する余地は十分にある。ただし、中国産IPの急成長や政治的要因によるコンテンツ規制など、外部環境の変化への対応が求められる。
総じて、『谷子経済』は、中国の若者文化と消費行動の変化を映し出す新たな経済領域であり、国谷と日谷が共存しながら拡大するダイナミックな市場として今後も注目される。
JETRO:同人コミュニティーが支える中国『谷子経済』はホンモノか? 等を参照・整理
※ミニレポートの追加記事、NOTEに掲載。https://note.com/fine_whale2904)
中国における日本語教育の歴史と現状
世界の大学における日本語学習者のうち、中国の大学の学習者が約60%を占め、世界最多であり、そのため中国国内で日本語専攻を開設している大学は決して少なくない。北京大学は今年で学科開設80周年を迎え、中国で最も早く日本語専攻を開設した歴史を持っている。北京外国語大学も1956年の創設以来、日本の大学と積極的に交流を重ねてきた。2019年のデータによれば、学部生向けに外国語専攻を開設している大学は750校あり、そのうち、日本語専攻を持つ大学は406校にのぼる。しかし、現在、中国の大学の外国語専攻は大きな転換期を迎えている。
語学専攻の縮小と「就職率の低下」
近年、中国では外国語専攻全体が廃止・縮小される傾向にあり、日本語専攻の縮小・廃止も進んでいる。北京大学や青島大学などでは翻訳・日本文学系の修士課程で募集人数が縮小されたほか、北京語言大学では「日本語翻訳」を含む7専攻の修士課程の受け入れを停止するなど、専攻の存続自体が危ぶまれる事態も起きている。こうした語学専攻縮小の最大の理由は、言うまでもなく「就職率の低下」である。2024年の就職率を専攻別で見ると、日本語専攻の就職率は82.3%(47位)、英語専攻でも83.2%(45位)にとどまり、語学を専攻する学生の数に対して、受け皿となる就職先が足りていないのが現状である。
「国・地域別研究」へのシフトと新たなニーズ
一方で、あえて日本語専攻を新設する大学もある。その背景にあるのが「国・地域別研究(国別・区域研究)」への関心の高まりである。この研究は、特定の国や地域の国際関係、世界経済、人文学、地理学、政治学、社会学などを包括的に学ぶ専門分野で、2022年に中国教育部がレベル1(一次学科)の専門分野として新設した。従来の外国語専攻における「言語翻訳」や「文学研究」に留まらず、国際的視野を持った複合型人材を育成することを目的としている。
浙江省における大胆な大学改革
浙江省では、中国全土に先駆けて2019年から外国語学部の「廃止・停止・統合・変更」の改革が始まった。国の「新文科建設」政策や、文系と理系の融合を重視する浙江省の産業構造に合わせ、「統合・改組」を中心とした変革が進められ、大学の特色に合わせて以下のように差別化された日本語教育が展開されている。総合大学(浙江大学、寧波大学など):「国・地域別研究」の一環として改組。外国語専門大学(浙江越秀外国語学院など):通訳やビジネス日本語をメインに、地元の日本関連企業との連携を強化。
AI時代における「日本語教育」の未来
生成AIが普及し、自動翻訳機能が飛躍的に向上する中、単なる言語の知識は以前ほど重要視されなくなってきた。今求められているのは、日本の経済・社会・文化を総合的に理解したコミュニケーション能力や、日系企業の実態を踏まえたビジネス・マーケティング能力の育成である。中国の大学における日本語専攻は、単に「日本の言語を学ぶ」ことから、「日本語を通じて日本を包括的に学び、将来に役立てる」教育へと、いま大きなシフトを遂げている。
(※早稲田日本語教育学第38号「中国の大学における日本語教育と国・地域別研究の統合」等を参照・整理) ※ミニレポートの追加記事、NOTEに掲載。https://note.com/fine_whale2904)