寄稿レポート

≪協議会ニュース

・ 2022年(7月号、3月号)

・ 2021年(12月号、10月号、7月号、3月号)

・ 2020年(12月号、10月号、7月号、3月号)

 ・  2019年(12月号、10月号、6月号、3月号)   

・ 2018年(12月号、10月号、7月号、3月号)

 2017年(12月号、9月号、6月号、3月号) 

 

《浙江省の名酒を巡る旅》

・ 白酒(2022年7月)

 

《History Trip 松本亀次郎の教え子》

・ 周恩来(2022年7月)


《浙江省の非物質文化遺産》

・ 江南糸竹(2022年3月)

・ 平湖派琵琶(2021年12月)

・ 舟山鑼鼓(2021年10月)

・ 浙派古琴(2021年7月)


《ヒストリー タイムトリップ》

・ 中国の四大美女 西施(2022年3月)

・ 中国の四大美女 王昭君(2021年12月)

・ 中国の四大美女 貂蝉(2021年10月)

・ 中国の四大美女 楊貴妃(2021年7月)


≪中国report≫静岡県日中友好協議会 交流推進員 横井香織による寄稿

・ 歴史的建築物から寧波の今を見る〜三江口〜(2022年7月)

・ 寧波の人々- 過酷な競争社会の中の学生たち(2022年3月)

・ 寧波の人々- 増える「新寧波人」(2021年12月)

・ 寧波の人々- 超多忙な働きざかりの世代(2021年10月)

・ 寧波の人々- 豊かさを享受する老人たち(2021年7月)


≪ミニレポート≫

・ 中国の新国家プロジェクト「東数西算」(2022年9月)

・ 活気づくデジタルツイン技術(2022年8月)

・ アジア最大の花卉生産国は“中国”(2022年7月)

・ 新たな成長エンジン「合肥モデル」(2022年6月)

・ 若者の国潮ブーム、漢服を後押し(2022年5月)

・ 中国の深刻な墓地不足と葬儀ビジネス(2022年4月)

・ 中国の仮想現実世界「メタバース」(2022年3月)

・ 中国の骨董品市場、本物と偽物の狭間で活況(2022年2月)

・ 電子化が進む中国の自動車運転免許証(2022年1月)

協議会ニュース

寧波の人々-豊かさを享受する老人たち

中国は広大で人口が多いため、北方と南方、沿海部と内陸部、都市部と農村では、生活スタイルや考え方がかなり異なります。また、世代によって結婚観や働き方、生活の楽しみ方などに違いがあるようです。今年度は、身近な生活のシーンから、寧波の人々の世代間の違いを紹介したいと思います。

 

 ある休日の昼下がり、散歩がてら寧波の中山広場へ出かけました。広い公園をのんびり散策しようと思いきや、公園に近づくにつれて大きくなる中国語の歌声。なんと、大勢のシニアのみなさんが、大カラオケ大会を開いていたのでした。別の日、寧波市の中心部にある月湖公園へ行くと、ここでも大勢のシニアのみなさんが、歌いながらダンスを楽しんでいました。同じ場所で、早朝には太極拳、日中は囲碁を楽しむ人も少なくありません。

 

 中国では一般的に、女性は55歳、男性は60歳で定年を迎えます。定年後は、朝と夕方は孫の送り迎えなどの世話をしますが、それ以外は自由です。寧波のような都市部に暮らすシニア世代は、経済的にゆとりがあり健康に問題がなければ、趣味や娯楽に時間を費やします。最も人気があるのは、国内や海外への旅行です。若いころは働きづくめでどこへも行かれなかった分、引退後の今は、毎月のようにどこかへ出かけます。中には、寧波から海南島まで、自ら車を運転して1か月半の旅を楽しんだ方もいます。旅行の他に、シニア大学(寧波老年大学)に入学して、関心のある分野を学ぶ人々も多いようです。シニア大学は、引退後のシニア世代だけが入学できる学びの場で、書画芸術、文学言語、声楽、器楽、体育舞踏、医学保健などの分野があります。そこで知り合った人と、食事をしたり旅行に出かけたりと、交流の場はさらに広がっていきます。

 

 70代以上の方々は、戦争、文化大革命、改革開放と、激動の時代を生き抜いてきました。彼らにとって、一番の関心事は自身の健康です。結婚して家族を持つのは当たり前で、子どもや孫に囲まれ、にぎやかに過すことを望んでいます。また、現在の中国の経済発展は彼らの誇りです。シニア世代の人々は、生活に追われていた若いころを取り戻すかのように、健康で豊かな日々を、味わい楽しんでいるのです。

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【早朝の中山広場で太極拳】

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【寧波老年大学合唱団(建国70周年記念式典にて)】

寧波大学外国語学院外籍教師 

静岡県立大学グローバル地域センター客員講師

(静岡県日中友好協議会 交流推進員)

横 井 香 織

 




中国の四大美女 楊貴妃

中国では、歴史上「楊貴妃」、「西施」、「王昭君」、「貂蝉」が四大美女といわれています。

楊貴妃(719〜756)は、唐代の玄宗皇帝の妃で、蜀の国(現在の四川省)の地方役人をしていた楊家に生まれ、もともとの名は玉環といいます。十代で親を亡くし、叔父に引き取られて育ちます。735年(開元23)、玄宗の息子の妃として迎えられましたが、玄宗は楊玉環の容姿に一目惚れし、夫の母武恵妃の死後、玄宗の求めで女冠となり太真の号を授かり、4年後正式に後宮に入り、翌年『貴妃』となりました。『貴妃』とは、中国の後宮の中での地位で、トップである皇后の次に位の高い地位です。

楊貴妃s.jpg日本で広く知られる、白居易の長編漢詩『長恨歌』は、悲劇の美女をうたったものです。長恨歌に登場する漢の皇帝は玄宗皇帝、皇帝から寵愛を受けた楊家の娘は、楊貴妃がモデルとなっています。

 

長恨歌にある『温泉水滑洗凝脂 雲鬢花顔 花貌 芙蓉如面柳如眉』(温泉の水がなめらかに凝脂を洗う/ふんわりとした髪の生え際/芙蓉の花のような顔立ち/柳のようなほっそりとした眉)と、楊貴妃の美しさをうたっています。また、登場する楊家の娘が漢の皇帝から賜ったという『華清池の温泉』は実在し、西安の観光スポットとなっています。

 

楊貴妃が庭を散歩すると、あたりの花々が彼女の美貌と芳香に気圧され、しぼんでしまったという伝承が「羞花美人」(花も恥じらう美女)といわれる由来となっています。

 

美しさだけでなく、才知があり琵琶や笛、磬 (けい)などの楽器や踊りにも長けていたことでも知られています。玄宗の寵愛を一身に受け、一族はみな高官に上り、又従兄弟の楊国忠は、宰相として権力をふるっていました。しかし、権勢をほしいままにしていたので恨みを受け、安禄山が乱を起こすと、玄宗と楊貴妃は共に蜀に逃れようとしましたが、途中で軍隊の反抗にあい、兵士の殺害要求により、玄宗はやむなく楊貴妃に自殺を命じました。

 

楊貴妃は、その艶麗さ、玄宗との交情、栄枯の激しさなど、同時代からすでに文学作品の題材となることが多く、白居易の『長恨歌』、陳鴻の『長恨歌伝』をはじめとして、詩歌、戯曲、小説、随筆に数えきれないほどの作品が書かれています。


中国の四大美女 貂蝉

中国では、歴史上、「楊貴妃」、「西施」、「王昭君」、「貂蝉」が四大美女といわれています。貂蝉は、中国の四大美女の中では、おそらく唯一架空の女性です。『三国志演義』(3世紀・三国時代、約100年の乱世に活躍した英雄を語る小説)に登場する貂蝉は、聡明、美貌、技芸に優れた女性です。憂国の思いで月を眺めているとき、そのあまりの美貌に、月さえも雲に隠れてしまった逸話から、別名「閉月美人」とも呼ばれています。

『美女連環の計』(三国志演義より)

『三国志演義』では、後漢(25年〜220年)の献帝の大臣・王允が、美女(王允の養女・貂蝉、年齢は数え年で16歳)を使って陥れる「美人計」と、仲を裂く「反間の計」の二つを使った策略「美女連環の計」を企て、董卓の殺害に成功します。これは、時代が動く見せ場の一つとなっています。


物語:貂蝉は王允の企てを承諾し、王允は貂蝉を娘として呂布に引き合わせます。呂布は彼女の美しさに心奪われ、側室として彼女をもらい受ける約束をします。さらに王允は、貂蝉を董卓にも会わせ、彼もまた彼女の美貌に心奪われます。貂蝉は迫真の演技を繰り広げ、呂布の董卓への憎悪をかき立てていきます。やがて呂布は王允に打倒董卓をそそのかされてその気になり、登城の途中で董卓を倒します。その後、呂布は貂蝉を側室として迎え入れましたが、徐州下城で敗れ、処刑されました。貂蝉をめぐる記述はここで終わっています。民間伝承や創作物では、曹操に引き取られたとか、関羽と恋仲になるも自害したなど、色々な説があります。


日本にも中国にも多くの貂蝉ファン

貂蝉雕像.jpg『三国志演義』に貂蝉が登場するのは、この場面だけですが、貂蝉は秘密が漏れれば命を奪われる可能性があったにもかかわらず、最後まで王允との約束を守り、自分の感情に流されず使命を全うする「智」と「勇」の人で、美人であるだけでなく、儒教的道徳観からみても優れた人物として描かれています。


『三国志演義』は、中国人からとても愛され、広く読まれている物語です。貂蝉が四大美女に選ばれたのは、ほとんど男ばかり登場するこの物語の中で、たいへん美しく、しかも男顔負けの度胸を持っていたことが、中国の民衆の心をとらえたからといった見方があります。
貂蝉の最期は、作品によって、さまざまに解釈されていますが、吉川英治の小説『三国志』では、「忠」・「孝」・「貞」の価値観を再現するために、「連環計を果たした貂蝉は自害した」と表現していると言われ、日本にも多くの貂蝉ファンがいます。


寧波の人々- 超多忙な働きざかりの世代

今回は、寧波で多忙な日々を送る40代から50代の働き盛りの人々を対象に、その生活スタイルや価値観を紹介します。 

この世代の人々の一番の関心事は、子どもの教育です。小・中・高校生の子どもをもつ親世代は、子どもが小学校に入学したときから、山積みの宿題に取り組み、塾通いで成績をアップさせて重点学校に進学させ、安定した就職先にたどり着くまで、子どもをサポートすることに追われます。親たちはわが子が、できれば公務員や教員、銀行に就職してほしいと願い、そのために塾や習い事、留学、大学院進学などに、多額の教育費を投入してきました。

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夜8時半 中学校前で子どもの帰りを待つ親たち

ところが、今年度9月から、中国では新しく教育の「双減」政策が始まり、親たちの生活に変化が表れています。「双減」とは、宿題を減らす=子供の負担を減らすことと、教育費を減らす=親の負担を減らすことです。実際にどのような変化があるのか、同僚に尋ねてみると…。「これまで午後5時頃帰宅していた中学生の息子が、毎晩8時半まで学校で自習することになった。」というのです。土曜日も塾ではなく、学校で勉強することになりました。親は、毎晩8時半に学校へ子どもを迎えに行く日々が始まりました。親の時間的経済的負担は減ったと、多くの親は歓迎しています。子どもの負担はどうでしょうか…。


寧波に限らず中国の中学校や高校には、日本の部活動のような課外活動がないため、週末になると子どもをサッカーチームに参加させたり、ピアノや英会話などに通わせたりしています。私の同僚は家族で日曜日の午後、寧波市街地から15キロほどのところにある東銭湖でカヌー教室に参加しています。また、長期休暇のときには、車で家族旅行に出かけています。子どもに勉強だけでなく多くの経験を積ませるためには、親が情報を収集し親もいっしょになって動くことが求められるわけです。

週末に参加しているカヌー教室s.jpg
週末に参加しているカヌー教室


さらに、働きざかりの世代が抱える問題に、親の介護や看病があります。いずこも同じです。親との同居は半分くらいで、別居の場合もすぐ近くに住むことがほとんどです。40代50代、とりわけこの世代の女性は、子どもや夫の世話、親の介護など、超多忙で大きなストレスを抱えています。でも、私から見ると、とてもエネルギッシュでたくましいと感じます。子どもの成長を楽しみにしながら、ときどき同世代の友人とおしゃべりしてリフレッシュし、多忙な日常に戻っていく、この世代の人々が、現在の中国社会をけん引しているのは、間違いありません。

寄稿:寧波大学外国語学院外籍教師、静岡県立大学グローバル地域センター客員講師

   (静岡県日中友好協議会 交流推進員)横井 香織

横井香織さん

寧波の人々- 増える「新寧波人」

今回は、大学卒業後、寧波で生活するシングルの若い世代について、その生活スタイルや価値観を紹介します。

 

寧波大学をはじめ寧波にある総合大学には、全国から学生が集まってきます。彼らは大学卒業後、故郷や上海などの大都市で就職するのが一般的です。ところが最近は、そのまま寧波にとどまる人が増えています。寧波以外の出身で、大学進学をきっかけに故郷を離れて寧波に移り住み、寧波に就職して生活する人々。彼らは「新寧波人」と呼ばれています。なぜ寧波で暮らすのか。それは、住み心地がよい、就職のチャンスが多い、上海より家賃が安い、生活のストレスが小さい、街がきれいで清潔、安全で文化的など、さまざまな理由があるようです。でも実は、寧波には新しく来た人を受け入れる土壌があるのではないか、というのが「元祖寧波人」の考えです。寧波は、かつて「寧波幇」と呼ばれた商人集団が、発展の基礎を築きました。隋唐の時代から「通商口岸」であった寧波は、海外との接触が多く、海外の生活様式や考え方を受け入れてきました。そういう開放的な寧波人の気質が、若い世代に支持されているのだと思います。

 

さて、若い世代の一番の関心事は何かというと、それは結婚です。結婚は、唯一の選択肢ではありませんが、シングルでいる人はそれほど多くありません。大部分の若者は、30歳くらいまでには結婚したいと考えています。農村出身の場合は、春節で帰省した時、親や親戚が一斉に「結婚、結婚」とプレッシャーをかけるため、時期は早まります。いざ結婚となると、かつての日本のように、結婚式と披露宴は盛大です。高級ホテルや美しい庭園のある施設、屋外などで、親戚、友人、職場など200人以上の人々を招待して披露宴を行います。中には、隋唐時代の民族衣装である「漢服」で結婚式を挙げる人もいます。若い世代には、伝統文化を復活させたいという動きがあり、「漢服」はその象徴的な存在です。

漢服で結婚式.jpg

漢服で結婚式(新婦は寧波大学の卒業生)】

若い世代のブームは、猫を飼うことです。男女を問わず、シングルでも既婚でも、若者、特に20代は猫が大好きです。寧波には猫カフェが数多くあり、若い女性で満席です。猫カフェに通うだけでは飽き足らず、ネットショップで猫を買い求めて猫と暮らしている人もいます。寧波市内には、ペットショップだけでなく、動物病院もあるので安心して猫と暮らすことができるのです。都市生活を楽しむ「新寧波人」の活力が、寧波の原動力になっているのは間違いないでしょう。

猫とともに暮らす.jpg

【猫とともに暮らす(寧波大学の卒業生)】

 

寄稿:寧波大学外国語学院外籍教師、静岡県立大学グローバル地域センター客員講師

   (静岡県日中友好協議会 交流推進員)横井 香織

 

中国の四大美女 王昭君(2021年12月)

中国では、歴史上、「楊貴妃」、「西施」、「王昭君」、「貂蝉」が四大美女といわれています。王昭君は、紀元前1世紀ごろ、前漢の元帝時代の宮女です。外交上の犠牲として、異国に嫁いだ悲劇的な美女というキャラクター性は大変人気が高く、様々な物語が創作されています。

 

昭君村.jpg王昭君は、今の湖北省興山県の庶民の家に生まれ、その美しさから、14歳の時に、民間から召し抱えられ、宮女として漢の後宮に入りました。当時の皇帝は、後宮の女性が描かれた肖像画を見て、寵愛の相手を選んでいたため、後宮の女性たちは、肖像画を描く宮廷画家の毛延寿に賄賂を贈り、自分を必要以上に美しく描いてもらっていました。しかし、王昭君は宮廷絵師に賄賂を渡さなかったため、故意に醜く描かれてしまいます。そのため、皇帝が後宮の女性の肖像画を見て召し出す時も選ばれませんでした。

 

モンゴル高原の遊牧民族「匈奴(きょうど)」の君主・呼韓邪単于(こかんやぜんう)から、漢の朝廷に政略結婚を持ち掛けられ、漢がこの異民族の懐柔策として後宮の女性を嫁がせることになった時、元帝はこの肖像画を見て、醜く描かれていた王昭君を選び、嫁がせることを約束します。ところが、実際に会ってみると、絶世の美女だったため、元帝は後悔するのですが、すでに呼韓邪と約束してしまったため、仕方なく妻として与えることになりました。

 

王昭君が祖国に別れを告げ匈奴へ旅立つ時、琵琶をかき鳴らし、離別を悲しむ曲を奏でると、雁がその哀切な音色を聞き、馬上の王昭君のあまりの美しさに目を奪われて、翼を動かすことも忘れ、地上に落ちてきたという逸話があります。その逸話から、王昭君は別名「落雁美人」と呼ばれています。

 

匈奴に嫁いだ王昭君は、その後、一男をもうけましたが、呼韓邪単于が早くに死亡したため、当時の匈奴の慣習に従って、義理の息子である復株累若単于の妻になり、二女をもうけたと言われています。しかし、漢では夫の息子と結婚することは、近親相姦に相当する不道徳で汚らわしいものだと思われていたため、王昭君にとっては屈辱的なことでした。俗説では、夫の息子との結婚を虚偽するために、服毒自殺したと言われています。そのため、王昭君の物語は漢王朝と異民族との間で翻弄された薄幸の美女として描かれることが多いようです。王昭君の薄幸ともいえる生涯は、後世に長く語り継がれ、日本にも伝来して『今昔物語集』に「漢前帝后王昭君行胡国語」として取り上げられています。


電子化が進む中国の自動車運転免許証

中国国内の動力エンジンを持つ車両数は、2021年9月の時点で3億9000万台に達し、そのうち自動車は2億9700万台。中国全体の運転者数は約4億7600万人、そのうち4億3900万人が自動車運転免許証を所持し、運転者総数の92.14%を占めている。
2021年前の第3四半期の、全国の免許取得者数は2,672万人で、同比739.4万人増加し、38.26%伸びた。このうち972万人が第3四半期に新たに免許を取得した運転許可者である。年齢別でみると、26歳から50歳までの運転許可者が3億3700万人(70.85%)、51歳から60歳までが6699万人(14.07%)、60歳以上が1714万人、(3.60%)となっている。


世界各国で、電子運転免許証が広がりつつあるように、中国でも2021年6月から天津、成都、蘇州の3市で、電子運転免許証の試行を開始した。同年9月には上海、北京、天津、石家庄、長春、大慶、無錫、蘇州、塩城、泰州、寧波、嘉興、南昌、済南、青島、長沙、広州、深セン、南寧、重慶、成都、綿陽、自貢、南充、貴陽、西安、銀川、昆明の28市において、運転免許証の電子化が始まった。電子運転免許証を申請・利用している人数は、10月末時点で3200万人以上に上る。2022年からは、全国での運用を始める計画になっている。


これまでの中国の運転免許証は、紙ベース製で模様のついた反射素材でラミネート加工しただけのものだったため、偽物の運転免許証が出回ることもあった。電子運転免許証には、デジタル署名の偽造防止技術が採用され、電子運転免許証の専用アプリは指紋や顔認証でロックすることができる。統一性・即時性・安全性という3つの特徴があり、運転者の申請・提示・使用の利便性が向上する。電子運転免許証の発行は簡単であり、既に運転免許証を持っている場合は、「交管12123」というアプリをインストールして登録すれば、電子免許証が交付される。紙ベースの運転免許証と同様の法的効力を持ち、全国で有効。電子運転免許証は、正・副2ページから成っており、正ページには、主に運転免許証の基本情報、証明書の生成時間、情報を検証するための二次元コードと一次元コード(バーコード)などの内容が含まれ、副ページには、主に運転者の住所、証明書発行機関、運転記録および運転できる車種のコードなどの内容が含まれている。


運転者は、電子運転免許証を提示することで、車両管理、運転管理業務、交通違反や交通事故の処理などが可能で、紙ベースの運転免許証を提示する必要がなくなり、全てオンライン上で交通管理業務が行えるようになる。例えば、「交管12123」アプリでトラックの電子通行証の発行もできるため、申請手続きは簡素化され、紙ベースの資料を減らし、現代の流通システムの構築をサポートする。


運転免許証の電子化により、市場拡大が加速すると言われているのが、中古車市場である。これまで、省を跨いで中古車取引をする場合、2か所を行き来する必要があったが、オンラインで中古車取引の登録が可能になるため、中古車取引の促進につながると見られている。その外、保険金請求、レンタカー、求職などの際にも、電子運転免許証を提示すれば、関連部門が運転資格をオンラインで確認することができるようになるため、企業にとっても利便性が高まる。

(法治日報等を参考に整理)

中国の骨董品市場、本物と偽物の狭間で活況

中国では、2000年代に入り、経済成長を背景に、富裕層の間で骨董品や古書籍の収集がブームとなっています。不動産と同様に、投資目的で購入するケースも多くあります。中国では1966〜76年の文化大革命で、美術品は「打破すべき旧時代の文化」とされ破壊されました。その際、骨董品を破壊から守るために中国国外の美術館や博物館、古物商に送られ、中国国内には骨董品が品薄状態にあるため、世界のオークション会場で中国人が骨董品を買い戻す動きが広がっています。


文化大革命の頃や戦時中に中国へ渡っていた人が購入し、日本に持ち込まれた骨董品も数多くあります。高齢化した所有者の生前整理や相続などをきっかけに売りに出され古物市場に出回った品を目当てに、コロナ前は中国人バイヤーが来日し、買い付けに熱を上げていました。日本に残る品々は「保存状態がよく偽物も少ない」と評判で、日本で人気の骨董品は陶磁器、絵画、刀剣などですが、中国では筆、墨、硯なども非常に人気があります。そのため日本では中国の相場よりも安く、筆、硯、紙、硯を購入できる可能性が高く、転売目的のバイヤーも日本の骨董品市場やオークションに参加するなど、中国骨董品の買取ブームが起きています。


中国には古くから骨董品市場が多くあります。例えば、北京の朝陽区にある潘家園旧貨市場は、中国国内でも最大級規模の中古市場で、その広さは、48,500平方メートルにも及びます。最大の特徴は、露店市場という点で、書画や磁器などの骨董や上海で使われていた外国製の中古レコード・プレイヤー、ヨーロッパの18世紀のアンティーク時計など各地から集められたものが売られています。中国で「古玩」と呼ばれている文物を扱う屋台が3,000以上あり、中国の24の省、市、自治区で、漢族、回族など10以上の民族がここに露店を出しています。年代物の家具や彫像、書画、古書籍、切手などが売られている潘家園の骨董市は、古き中国の文化を伝えています。しかし、この市場の骨董品の多くが模造品です。模造品は古くから存在していますが、数が少なく、多くの人々に好まれる珍しいものであれば、模造品の需要はありました。人々の需要を満たすという視点から見れば、模造品にも価値があるとされ、中華民族の伝統的工芸技術のレベルの向上と伝承を示すものでもあります。


近年では、eコマース(電子商取引) が急激に広がり、潘家園の骨董商人たちもオンライン販売やインターネットのライブ配信に力を入れています。公式サイトの潘家園網は、美術品、工芸品、収集品の取引、専門家の相談、フォーラムの交流を統合した芸術作品とコレクションの専門的なショッピングプラットフォームとなっています。オンライン取引、オンラインオークション、オンライン注文など多くの機能を持っているだけでなく、サイトのフォーラムのコーナーには、北大宝石貴金属鑑定センターなどの業界内の幅広い分野の専門家が入居しています。また、「掘り出し物市」「1元からの低価格オークション」などのイベントを行い、来場者に骨董文化の魅力と買い物の楽しさを伝えようとしています。


中国人による海外での骨董購入ブームの波は、日本の骨董市場にも活力を与えています。日本では不景気のために2000年頃から国内の買い手の数が急激に減りましたが、逆に中国からの問合せは増加し、現在の日本の骨董業界を支えているのは、中国人富裕層です。新型コロナウイルスが2020年大流行した際、中国国内の市場は中断を余儀なくされ、日本でも骨董市等が一斉にストップしましたが、最近はだいぶ回復し、中国のバイヤーも、再び骨董品を盛んに買うようになりました。今後も中国の骨董品購入ブームは続くと考えられます。

(人民中国等を参考に整理)

中国の仮想現実世界「メタバース」

「メタバース」とは、インターネット上に構築された、多人数参加型の3次元仮想現実世界のことです。中国語で“元宇宙“と言い、2021年11月には、中国の通信関連企業を束ねる業界団体CMCA(中国移動通信連合会)傘下に、メタバースに関する初の業界団体として「元宇宙産業委員会」が発足しました。まだ始動したばかりですが、例として、チャイナ・モバイルのデジタルコンテンツ子会社Miguは21年11月、メタバース事業のロードマップを発表し、超高精細映像、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)など、様々なソフトウェア・ハードウェア環境を構築して、人々が交流し自己実現できるような、新しい方法を開拓していくとしています。また最近では、「アリババ・グループ」や「テンセント」などの巨大IT企業が新たに参入し、関連企業の株価が高騰するなど、開発や投資も加速しています。

 

中国のネット検索最大手「百度 BAIDU」は昨年12月27日、中国初のメタバースプラットフォームと言われる、独自開発した仮想空間「希壌(シーラン)」というサービスを公開しました。メタバースプラットフォームには、スマートフォンなどで専用アプリを使い、個人情報を登録してアバターを作成すると入場できます。仮想空間内部の都市に入ると、会議などのイベントを開ける建物や、少林寺などの様々な景観も再現されており、利用者はアバター(分身)を通じて、物理的に離れた場所にいる別の利用者と交流したり観光したりできるようになっており、最大で10万人が同時に利用可能となっています。

 

他にも、大手企業や新興企業が入り乱れて、メタバースのビジネス化を目指しています。調査会社によると、2021年の1年間でアリババ・グループやテンセント・ホールディングスなど巨大企業を含む1,000社以上が、メタバースに関連する合計約1万件の商標登録を申請したといわれています。関連技術を持つ企業の買収も活発で、関連株も高騰しています。こうした熱狂は、昨年夏ごろに始まり、「元宇宙(メタバース)」は2021年のベスト流行語にランクインしました。

 

一方で、中国当局は、メタバースの開発を厳しく監督していく意向を示唆しており、仮想空間の中の不動産が、投機的に取り引きされているとして「メタバース」にはリスクが存在すると指摘するなど、過熱ぶりをけん制する動きも出ています。最近殺到しているメタバース関連への商標出願も、知的財産当局が厳しく審査を行っており、NetEase、愛奇芸、小紅書などから出された、多くのメタバース関連商標申請も却下されました。アリババ・グループ、テンセントなどの申請は、現在まだ申請中であると伝えられています。

 

 現在、「メタバース」という概念は、過剰に高く評価されている恐れもあることから、中国政府は経済効果とのバランスをとろうとしている、という意見もあります。昨年10月、国家安全部の傘下にある北京のシンクタンクCICIRが、「メタバースと国家安全保障」というレポートを公表しました。レポートでは、メタバース製品は現時点でまだ革命的な製品やアプリケーションは生まれていないと説明しています。実際、「希壌(シーラン)」を発表した百度も、「本格的な販売までに、あと6年かかる」と述べており、すぐにその力を発揮できる状況ではありません。しかし、技術コストが下がり、ユーザーが増えれば、5〜10年後には、爆発的に普及する可能性があると予想されています。レポートでは、「政府が開発と安全性のバランスを取り、技術的なルールや道徳的・倫理的な基準を事前に準備する必要がある」と結論づけています。            

 (Reuters等を参考に整理)

中国の深刻な墓地不足と葬儀ビジネス

中国での死者の葬り方は、民族ごとに土葬・火葬・水葬・鳥葬など伝統的な方式が多様にあり、人口の大部分を占める漢民族は、儒教の影響から、伝統的に土葬が中心でした。それが、1950年代に毛沢東が始めた「殯葬改革(ひんそうかいかく)」といわれる葬儀改革によって、国策として、土葬から火葬へと切り替えられました。殯葬改革により、土地や棺材の浪費を抑えられる火葬が主流となり、現在、さらに改革を進めていて、「緑の葬式」と称する、海洋葬、芝生葬、樹木葬、花葬などの自然葬を普及させようと力を入れています。

 

こうした背景には、中国の深刻な墓地不足の問題があります。中国は広大な土地を有する国ですが、人口も多く、多くの土地は山などが多く平地ではないため、墓地として利用できる土地は限られています。さらに中国では、先祖代々の墓という概念がなく、中国では個人や夫婦墓が多いため、墓地の増え方も加速度的です。また、中国は私有の土地は存在せず、都市部の土地は国のもの、農村部の土地は、その地域の農民の共同所有であるため、土地の売買といわれる商行為は、所有権ではなく、使用権の売買となっています。よって、永代供養ができる土地は、そもそも存在しません。近年では、墓地の価格も高騰しているため、さまざまな埋葬方法が検討されています。

 

コロナ禍では感染予防のために、各地で新しい墓参りのスタイルとして、時期をずらしてインターネットで事前予約する「オフピーク墓参り」や、代行を依頼する「代理人墓参り」、ネット上で先祖を祭る「バーチャル墓参り」なども広まりました。自宅にいながらネット空間で行う「バーチャル墓参り」は、北京や四川省、広東省、甘粛省など各地の行政の民政部門が始めています。市民は、ネット上の墓参りサイトで申請すると、亡くなった家族の「記念館」をつくることができ、「祭る」「献花」「メッセージを残す」などの儀式を、すべてネット上で執り行うことができます。

 

中国の葬祭業界トップの福寿園国際集団有限公司も新しいサービスを次々と生み出しており、イノベーション企業としての一面も持っています。コロナ禍に普及した葬儀サービスのクラウド化、オンラインでの葬儀やオンライン法事などは、アフターコロナにおいても、新たな需要の獲得ツールとして機能すると考えられます。地価の高く墓地の確保が難しい上海などでは、一人当たりの区画が50平方センチ程度で、遺骨は二度にわたり高温で焼結させ、小さな水晶状の位置にして埋葬するような最先端のお墓もあり、一人当たりの墓地を大幅に小さくする技術も取り入れられています。

 

中国、台湾、香港などの中華圏では、春分の日から15日目の「清明節」と呼ばれる祝日は死者を弔う日で、お墓を掃除して先祖供養をします。お墓参りでは、鶏や豚肉、揚げ豆腐、米飯、酒、茶あるいは香燭(こうしょく)を供え、「亡くなった家族が死後の世界でも暮らしに困らないように」という願いをこめて、紙幣に似せて作った紙のお金「紙銭」と呼ばれる冥土の紙幣を焼く風習があります。また、どんなことがあっても家族全員でお墓参りへ行き、そのあとは、墓前で大宴会を行い、その場でお供え物などのご馳走を食べる習慣があるため、お墓の周りには宴会用のスペースが広く設けられています。しかし、最近では、火災防止や環境への配慮で、「紙銭」と呼ばれる冥土の紙幣を焼く風習が禁止される地域も出てきて、ライフスタイルの変化につれて、中国のお墓事情も変化しつつあります。              

(信用家装修網等を参考に整理)

寧波の人々- 過酷な競争社会の中の学生たち

今回は、寧波の学生たちの生活スタイルや価値観を紹介します。

 

中国では、毎年6月になると「高考」(全国統一大学入試)が行われます。日本でいう大学入学共通テストで、この試験の成績が若い人々の未来を大きく左右します。試験は1000点満点で、自己採点をして受験する大学を決めます。多くの学生は、全国の4年制大学約1300校の中で、国家重点大学(約110校)に入学したいと考えています。重点大学に入学できれば、公務員や国営企業などに就職できる可能性が高いからです。重点大学に入り、よい就職先を見つけて、高い収入や安定した生活を手に入れたい。こうした考えは学生のというより、親の願いです。

 

大学に入学すると同時に、寮生活が始まります。高校も寮生活なので、ルームメイトのいる共同生活には慣れています。寧波大学の学生寮は4人部屋で、部屋にはトイレ、洗面台、シャワー室があります。厨房はありません。食事は学生食堂や宅配、外食になります。授業は朝8時から夜8時25分まで行われ、さらに10時まで自習できるように教室が開放されています。日本の大学生に比べて授業数が多く、予習復習やテスト準備に追われて、ほとんどの学生がアルバイトやサークル活動をしていません。それでも高校までの勉強漬けの生活よりずっと楽しいと、学生たちは言っています。

 

学生たちにとって、大学は受験勉強の重圧から解放され、自分と向き合う場です。小・中・高では、勉強だけできれば良かったので、家事をしたことがなく、自分の将来を考えたこともなかった、そういう学生にたくさん出会いました。しかし、大学ではそういうわけにはいきません。成績に関係なく、多くの学生が目標のないことや未来を描けないことに悩んでいます。経済の急速な発展は競争を激化させ、格差が拡大しました。実力があっても、希望する職業や会社を見つけることが難しくなっています。学生が、将来に不安を感じるのも仕方ないかもしれません。

 

それでも、幼くて頼りなく見えた大学1年生が、4年生になると就職先や進学先を決めて巣立っていく姿を見てきました。4年間の大学生活は、学生が自分と対話し、生き方を考えるよい機会だったのだと思います。今年の6月、中国の大学新卒者が初めて1000万人を超えます。若い人々の未来が明るいことを願っています。

寧波大学正門.png

【寧波大学正門】

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【寧波大学学生寮】

寧波大学外国語学院外籍教師  

静岡県立大学グローバル地域センター客員講師

(静岡県日中友好協議会 交流推進員)

横 井 香 織

 

中国の四大美女 西施

西施_w.png中国では、歴史上、「楊貴妃」、「西施」、「王昭君」、「貂蝉」が四大美女といわれています。西施(生没年不詳)は、春秋時代の末期(紀元前5世紀)、越の国、現在の浙江省紹興市の諸曁の村で生まれました。本名は施夷光だといわれ、この村に「施」という苗字の家が村の東側と西側に2軒あったことから、西側の施であった彼女は、西施と呼ばれるようになりました。また、彼女は「沈魚美人」とも呼ばれ、彼女が「浣紗(川で洗濯をする)」をしていた時、そのあまりの美しさに、まわりの魚たちが泳ぐのを忘れて沈んでいったことに由来しています。

 

呉王・夫差が見とれた西施

春秋時代、隣り合わせた呉と越は、たびたび戦いを繰り返していました。越王の勾践(こうせん)が呉の先手を打って攻撃しますが逆に敗北し、勾践が呉王・夫差(ふさ)の奴隷となることで和睦しました。勾践は国に戻ると、かつての苦しみを思い出し復讐を誓います。勾践の部下に范蠡(はんれい)という優秀な武将がいました。越は呉を打ち破るために呉王・夫差に美女を献上して戦意を失わせようとする策略を立て、范蠡は美女をさがして国中を歩き、そこで西施を見出します。その後、西施は呉王・夫差の元に送られ、夫差は狙い通り、西施の美しさの虜となって政治や国防をおろそかにし、その結果、呉はついに滅亡に至ります。 

呉の滅亡後の西施は、一説では呉王が亡くなる前に、西施を皮衣に包んで長江に沈められてしまったという話や、もともと魅かれ合っていた范蠡とともに越から逃げ出し、その後二人で幸せに暮らしたという話など、様々な伝説が残っています。昆劇の代表作、明代の戯曲『浣紗記』では、ハッピーエンドの最期が描かれています。この物語では、越の将軍・范蠡と西施が、出会って互いに一目ぼれしますが、その後、西施は、貢物として呉王の元に送られ、呉は滅亡しますが、その後范蠡と西施の二人は再会し、太湖に舟を浮かべて愛を語り合うという内容です。

情人眼里出西施

李白の詩「西施越溪女、出自苧蘿山」の中の「苧蘿(ちょら)山」は、諸曁市南部の浣紗江の畔にあります。その苧蘿山の麓の巨石に、書聖・王羲之が「浣紗」の字を刻んでいることから、西施が洗濯をした場所として伝わっています。

西施に関連する言葉は、今も複数残っています。例えば、中国には「東施効顰」(東施ひそみにならう)という故事成語があり、これを日本語では「西施のひそみにならう」と訳し、人まねをして物笑いの種になる・人のやり方を踏襲することをへりくだっていう…などの意味で使われています。西施が出てくる故事成語に、「情人眼里出西施」(恋人の目には相手の姿が西施のように美しく見える)というのがあります。中国では、この故事成語は今もよく使われています。

 


若者の国潮ブーム、漢服を後押し

中国で今、Z世代(1990年後半〜2000年代に生まれた世代)を中心に、中国ブランドを身に着け、中国的な要素が入った着こなしをする若者が増えています。こうしたトレンドを「国潮(グオチャオ)」といいます。その中心は「漢服」であり、民族衣装の漢服愛好家と漢服市場の規模が急速に増えています。「漢服」とは、中国人口の9割以上を占める漢民族の伝統的な服装を意味し、漢族の染め、織り、刺繍の優れた職人技と美意識を伝え、中国の伝統文化を象徴しています。主に漢代、唐代、宋代、明代のものがあり、それぞれデザインや色等に特徴があります。衣服は上下に分かれ、スカートのように裾が広がっており、漢服にあわせる髪形は、お団子頭のようなもの等様々であり、かつらをかぶることもあり、また布の靴を履き、扇子や笛のような小道具、かんざしのような髪飾り等も使います。


「漢服」は、元々人気女優らが出演する宮廷ドラマの衣装として注目されましたが、中国の伝統的な要素にオリジナリティーを取り入れた「国潮」と呼ばれるファッションがトレンドになり、その波に乗って「漢服」が注目を集め、伝統文化を明らかにする漢服の人気が高まり、漢服市場は爆発的な広がりを見せています。現在、『国潮3.0』時代に突入し、国潮は国産品のほか、中国文化、中国科学技術も全面的に台頭し、国潮の主力である若い世代の間で流行している「漢服」は、現代的なデザイン要素を取り込んでいますが、襟や帯、右衽(うじん・左側の襟を上にして交差すること)、幅広の袖、長袍(男性用の長い胴着)、馬面裙(女性用スカート)等の伝統を受け継ぎ、新しい漢服ブランドも次々に生まれ、例えば、主なブランド「漢尚華蓮」、「重回漢唐」、「十三余」が知られています。


「漢服市場規模」はここ数年成長スピードが極めて速く、データによると2019年以降、驚くべきスピードで成長しています。2015年の漢服市場規模はわずか1.9億元でしたが、2019年には45.2億元になり、2020年には、コロナの影響がありましたが、市場規模は63.6億元になりました。調査会社がまとめた2021年報告書によると、漢服愛好者の増加率は4年連続で70%を超え、中国漢服市場の売上高も100億元を超えました。そのため、関連企業も増加傾向にあり、現時点で名称に「漢服、漢代服飾、漢代服装、漢衣冠」が含まれる、または経営範囲もしくは製品・サービスに「漢服、華服、漢装、漢代服飾、漢代服装」が含まれ、企業状態が経営中・存続・登記機関転入・登記機関転出にある漢服関連企業は3400社以上あり、そのうち自営業者の4分の3、有限責任公司の5分の1近くが設立から5年以内の企業が8割近くを占めています。


中国国内の四大漢服生産基地は杭州市、成都市、広州市、山東省か沢市曹県であり、その中で最も生産が多い山東省か沢市曹県は、漢服仕入れと販売の産業チェーン業者2000社、オリジナル漢服加工企業600社の規模を有し、オリジナル漢服の売上高は全国同類市場の3分の1を占めています。今や、漢服愛好家は約700万人に上ると言われ、各地で漢服のファッションショーも行われ、観光地だけでなく、市街地や住宅街でも漢服を着ている人が珍しくなくなりました。統計データによると、「漢服」に注目している「漢服マニア」が多い都市トップ5は、北京市、上海市、成都市、杭州市、広州市で、漢服マニアのうち女性は59%、男性は41%をそれぞれ占めています。
人口に対する漢服愛好家数は、相対的に小規模な層ですが、支える消費の規模は大きく、この層の消費力と消費意欲の高さ、ロイヤルティーの高さをうかがうことができ、今後の市場には、引き続き大きな発展の可能性があると見られています。

(前瞻産業研究院等を参考に整理)

新たな成長エンジン「合肥モデル」

中国の成長モデルは、ここ数年では、地方政府が民間企業の少数株主となって事業に参画する事例が増えてきています。純国有でも純民間でもない、『灰色所有構造』が流行っており、中でも「合肥モデル」は、地域の特性を生かした投資運営方法で、高い投資収益率と資産効率を実現、成功していることから注目されています。「合肥モデル」は、中国東部の安徽省合肥市の政府系ファンド・新企業所有形態を指します。


「合肥市」は、今では巧みな投資誘致手法により人口約500万人の活気ある大都市に変貌しました。特に2010年から2020年までの10年間、研究インフラへの投資を加速して、多くの研究者を呼び込むことに成功し、中国でも指折りの「サイエンスシティ」として成長し、合肥市に開設された研究開発施設は1,000以上あるといわれています。合肥市の域内総生産(GDP)は、2,700億元から1兆元に増え、全国ランキングでは20位となり、目覚ましい伸びがあります。


合肥市政府が、初めて民間企業への出資を成功させたのは、電子ディスプレイメーカーの京東方科技集団(BOEテクノロジー・グループ)への投資です。2008年の金融危機後にBOEがトラブルを抱えると、11年までに18%出資し、同社は最先端の液晶ディスプレイ(LCD)スクリーン工場を建設しました。合肥市は、その後もBOEへの投資を継続し、別の新工場建設を支援するとともに利益を確保しました。その結果、同社は、合肥市に数万人単位の雇用をもたらしました。今や年間生産額は400億元以上に達し、合肥市を世界最大のディスプレイ基地の1つに押し上げました。


また、合肥では、新エネルギー車への投資も行われてきました。EVメーカー「NIO」やフォルクスワーゲンなどの企業を引き入れ、その上で、合肥市は相次いで50以上のプロジェクトに投資しました。新エネルギー自動車の総投資は500億を超え、産業チェーン企業120社以上を集めることに成功しました。現在、合肥では、新エネルギー車業界の完成車、重要部品、アプリケーション及び関連するサポート企業がすべてあり、全省の新エネルギー自動車の販売台数は全国の12%以上を占めています。


そのほかに、ハイテク産業と科学革新企業の育成もしています。2018年3月には、合肥市のハイテク産業開発特区内に「合肥・人工知能AI産業パーク」が登場しました。この産業パークでは、音声認識、脳型人工知能、量子人工知能、ビッグデータ分野のクラスターを生み出し、各クラスターの売り上げ規模を1,000億元に高める計画です。中国の音声認識市場でシェア80%を誇るといわれている科大訊飛(iFlytek)も、合肥市から誕生した人工知能企業です。この産業開発特区には、既に200社近い人工知能企業が拠点を構えているといわれています。2020年、合肥市のハイテク産業の生産額は18.8%、付加価値は16.7%増加し、過去5年間で最高を記録しました。


今や合肥市は、テクノロジー研究開発の重要拠点である北京、上海、深センなどに次ぐ、中国の先端サイエンス都市となりました。中国の四大教育拠点の一つにも数えられ、人工知能、核物理、量子力学などさまざまな分野の研究環境が整い、多くの研究者が集まってきています。合肥は上海に次ぐ中国2番目の総合的国家級科学中心地となり、今後も情報通信、エネルギー、ヘルスケア、環境のほか、量子コミュニケーション、核融合、スモッグ対策、がん治療などの研究が計画されています。

(華夏時報などを参考に整理)

アジア最大の花卉生産国は“中国”

 中国の花卉産業は、1990年代から急速に発展してきました。今では、中国は世界における主要花卉生産国となっています。2010年までに、花の栽培面積は76.4万fに達しました。国家林業・草原局が発表したデータによると、2010〜2018年に中国の花栽培面積全体的に上昇傾向を呈し、2018年にその面積は163.28万fに達し、花及び観賞苗木産業の生産額は2614億元に達しました。観賞苗木の生産量は117億本、切花切葉は177億本、盆栽植物は56億鉢、花卉市場の数は4162、花卉関連企業は5万社あり、花卉産業に従事する従業員は523万人に達しました。2020年の花卉の売上高は、2500億元以上の規模に達しています。花卉市場の販売量年は、年々上昇してきています。中国花協会の発表によると、2020年の中国の花小売市場規模は前年比13.3%増の1,876億6000万元となりました。また5Gの普及に伴い、市場は家庭用花消費に集中し、花のeコマースは既に従来の花の小売パターンを変えつつあります。

 

 近年は、花卉用温室の大規模化・スマート化の傾向を示しています。大規模な温室は、温度や湿度が安定し、作業の機械化が容易で、コストが安く、また「インターネット+(プラス)」によるがスマート化を牽引しています。スマート化温室では、通信ネットワークを介して温環境制御システムと情報収集装置、環境制御装置を接続し、温度、湿度、照度などの収集した情報を制御システムに送信し、 温度、光、湿度、水、肥料などをリアルタイムでモニタリグ・調整しています。


 生産地域を見てみると、地域の特性から、「雲南・北京・上海・広東・四川・河北を中心に生花・切り花、山東・江蘇・浙江・四川・広東・福建・海南は苗や鉢物、江蘇、広東、浙江、福建、四川を中心に盆栽、四川、雲南、上海、遼寧省陝西、甘粛を中心に球根や種」といった生産分布が形成されています。また、洛陽や賀正の牡丹、大理や金華の椿、常州の水仙、延齢の垂梅、天津の菊など、中国ならではの伝統的な花の産地でさらに発展してきています。


 例えば、雲南省は世界三大切花生産適地の一つであり、中国最大の切花生産基地でもあります。15ある切花輸出省の中で、雲南省は花の総輸出量で第1位であり、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアなどを輸出先としています。雲南省昆明市にある「斗南花卉市場」は、アジア最大の花市場です。2021年の斗南花卉市場の切花取引量は100億本以上に達し、花卉取引総額は112億元に達しました。毎年、240万人以上の市民や観光客が斗南花卉市場を訪れ、花を楽しみ、旅行や憩いの場として利用しています。昆明を中心とする雲南中部は、中国で最も影響力のある生花の流通拠点であり、価格誘導の中心地となっています。

 

 2020年には、新型コロナウイルスの影響により、花の小売業界は花製品のマーケティングモデルの再構築が加速し、多くの製造業者や流通業者がオンライン販売チャネルを開拓し、ライブ配信やネットオークションを通じて、切り花類の販売を行う業者も多くいます。市場では、切花取引のほか、加工花(ドライフラワー、プリザーブドフラワー、アートフラワー、造花)、多肉植物、花卉資材、花の種などの取引場所を増やし、花卉産業チェーンを絶えず開拓し、多肉市場は省内最大の卸売・小売とインフルエンサーの人気ポイントになっています。


 中国の経済発展と消費割合の変化を考えると、切り花の取引量の伸びには大きな潜在性があり、今後も花卉産業と観光、文化、健康産業の集積融合発展が推進されていくとみられています。

(雲南日報等を参考に整理)

歴史的建築物から寧波の今を見る〜三江口〜(2022年7月)

今日の寧波市は、古く唐代から「明州」と呼ばれ、東アジア海域の交流で、重要な役割を果たしてきました。「明州」の名は、明代に「海定則波寧」(海が静かであれば波は立たない)という意味の「寧波」と改められました。寧波は改革開放以後、徐々に近代化が進み、21世紀には中国を代表する港湾都市に生まれ変わりました。歴史ある寧波の建築物から、現在の寧波の姿や人々の生活を見ていこうと思います。 

寧波古地図.jpg

寧波のシンボルといえば、まず三江口をあげることができます。三江口は唐代からの港で、甬江支流の余姚江と奉化江が合流して甬江になる地点です。日本からの遣唐使船は三江口に上陸し、その後の栄西や道元、雪舟などもここにやってきました。三江口の西側に、城壁で囲まれた寧波府城がありました。城壁の東側面と川にはさまれた江厦には、埠頭だけでなく、金融や卸売りなど商人の町があり、にぎやかな地域でした。また城内には、儒教と風水の思想にもとづいた都市が形成されました。現在も残る城隍廟や天封塔、月湖などに、伝統都市の趣を感じることができます。 

 

現在、城壁は広い幹線道路となり、かつての城内は寧波で最も活気にあふれた繁華街になっています。中でも天一広場は、レストランやショッピング、ビジネスなどが一体となった大型商業広場です。噴水や公園が整備され、週末には野外ステージでイベントが開催される広々とした空間で、子ども連れの家族や若い人々でいつもにぎわっています。まさに寧波人の日常が感じられるスポットです。私もコロナ以前は、週に一度は天一広場に出かけて買い物をし、友人と食材豊富な寧波料理に舌鼓を打っていました。 

 

寧波人の同僚が、三江口と聞くと、子どものころ三江口から船に乗り、奉化江沿いの県の家まで帰ったことを思い出す、と話してくれました。また、天一広場が現在のように整備されたのは2000年に入ってからのことで、それまでの三江口のシンボルは第二百貨店(現在もあります)だったと、当時を懐かしんでいました。多くの人やモノが行き交ってきた三江口は、現在の寧波の発展をどう見ているのでしょうか。 

三江口.jpg 

【三江口(秦化江、余姚江、甬江の合流地点)】

寄稿−横井さん.jpg

《浙江省の名酒を巡る旅》〜白酒〜

浙江のお酒といえば、紹興酒を思い浮かべますが、中国を代表する蒸留酒である白酒も、浙江省で作られています。「同山焼」、「三白酒」、「紹興槽焼白酒」、「雁蕩山酒」、「金山陵酒」などの白酒があります。白酒は、紹興酒と違い、アルコール度数が高く、からみが強いのが特徴であり、ウイスキー、ブランデーと並ぶ世界三大蒸留酒の一つであり、種類も味も豊富です。

「同山焼」浙江省諸曁市同山鎮は、白酒の産地として知られています。浙江省の白酒生産量は年間1万トンですが、そのうち同山焼企業で、年間4千トン以上の白酒が生産されています。ここで作られる「同山焼」は、清香型白酒の一つで、地元の特産品である高脚拐糯高粱を主要な醸造原料とし、醸造水は、地元の有名な水源が使われています。芳醇・濃厚で後味が良く、現地では「江南小茅台」と呼ばれています。伝統的な固体発酵の老五甑法を採用している同山焼醸造技術は、2500年以上の歴史があり、2009年には、浙江省の無形文化遺産に登録されました。同山焼は白酒ですが、醸造されたお酒は赤く透き通っているのが特徴です。お酒が赤いのは、蒸留が終わってから高粱の葉を入れていくからです。食感は甘く、五六十度で、同山酒は「酒中君子」とも呼ばれています。
「三百酒」嘉興市桐郷市烏鎮にも有名な白酒があります。700年以上もの歴史がある、特産の「三白酒」は、地元でしか飲めない銘酒として知られており、民間では「杜搭酒」とも呼ばれています。烏鎮の伝統的な三白酒醸造工房「高公生糟坊」は、清同治11年(1872年)に創始され、伝統技術を採用して醸造しています。「三白」とは白米、白麺、白水を指し、一定の割合、工程を経て作られます。完成品はアルコール度数55度と高く、純粋でコクがあり、甘い香りで口当たりがよく、辛くて癖になります。

《浙江省の名酒を巡る旅》〜白酒〜

浙江のお酒といえば、紹興酒を思い浮かべますが、中国を代表する蒸留酒である白酒も、浙江省で作られています。「同山焼」、「三白酒」、「紹興槽焼白酒」、「雁蕩山酒」、「金山陵酒」などの白酒があります。白酒は、紹興酒と違い、アルコール度数が高く、からみが強いのが特徴であり、ウイスキー、ブランデーと並ぶ世界三大蒸留酒の一つであり、種類も味も豊富です。

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「同山焼」

images.jpg浙江省諸曁市同山鎮は、白酒の産地として知られています。浙江省の白酒生産量は年間1万トンですが、そのうち同山焼企業で、年間4千トン以上の白酒が生産されています。ここで作られる「同山焼」は、清香型白酒の一つで、地元の特産品である高脚拐糯高粱を主要な醸造原料とし、醸造水は、地元の有名な水源が使われています。芳醇・濃厚で後味が良く、現地では「江南小茅台」と呼ばれています。伝統的な固体発酵の老五甑法を採用している同山焼醸造技術は、2500年以上の歴史があり、2009年には、浙江省の無形文化遺産に登録されました。同山焼は白酒ですが、醸造されたお酒は赤く透き通っているのが特徴です。お酒が赤いのは、蒸留が終わってから高粱の葉を入れていくからです。食感は甘く、五六十度で、同山酒は「酒中君子」とも呼ばれています。


「三百酒」

三百酒.jpg嘉興市桐郷市烏鎮にも有名な白酒があります。700年以上もの歴史がある、特産の「三白酒」は、地元でしか飲めない銘酒として知られており、民間では「杜搭酒」とも呼ばれています。烏鎮の伝統的な三白酒醸造工房「高公生糟坊」は、清同治11年(1872年)に創始され、伝統技術を採用して醸造しています。「三白」とは白米、白麺、白水を指し、一定の割合、工程を経て作られます。完成品はアルコール度数55度と高く、純粋でコクがあり、甘い香りで口当たりがよく、辛くて癖になります。


《History Trip 松本亀次郎の教え子》周恩来

周恩来.jpg 中国人留学生の日本語教育に生涯を捧げ、日中友好に貢献した、掛川市(旧大東町)出身の教育者、松本亀次郎(1866年〜1945年)がいます。松本亀次郎は、中国人留学生が増え始めた頃、1914年に「日華同人共立・東亜高等予備学校」を創立し、中国人来日留学生は5万人になり、そのうち2万人はここで学んでいます。その学生達の中には、魯迅、周恩来、郭沫若、秋瑾らがおり、新中国成立の黎明期から日中国交正常化にかけて、その時代を駆け抜けていきました。 

 19歳の周恩来は、官費留学生の待遇が受けられることを目指して、1917年10月に私費で日本留学し、東亜高等予備学校の本科に入学しています。周恩来はここで日本語を学びながら、大学入学試験の準備を始めました。この学校の跡地(現在:東京都千代田区立神保町愛全公園)には、「周恩来ここに学ぶ」の碑が建てられています。

周恩来石碑.jpg【東亜高等予備学校跡地】 

周恩来が残した日記によると、松本亀次郎から個人授業も受け、自宅へ頻繁に招くほど親密な関係だったとされています。しかし、当時、日本語があまり上達せず、大学受験も不合格となり、失意のうちに1919年に帰国しています。日本での大学進学の目標は達成できませんでしたが、多感な青年期に国際政治や社会運動への理解を深めていく中で、次第に自身の政治信条を形成していきました。日本留学は人生の大きな岐路であり、日本社会に興味を持つ大変重要な時期だったといえます。 

新中国設立と共に総理となった周恩来は、作家の井上靖と会った際に「日本は中国を侵略し、われわれに塗炭の苦しみを与えた。しかし、日本には松本亀次郎のような人もいた。桜のころに日本を後にしたが、その頃また日本へ行ってみたい。松本先生のお墓参りもしたい」と語ったといいます。その願いはかなわず、1976年に他界しましたが、1979年に、周恩来夫人・ケ穎超が来日し、周恩来の遺言に従って、松本亀次郎の遺族に謝意が伝えられました。                                              

その後、時は流れ、2019年、天津市の周恩来ケ穎超記念館より、周恩来と松本亀次郎の「ろう人形」が掛川市に寄贈され、掛川市大東図書館に設置されました。また2021年、松本亀次郎の生家跡に、松本亀次郎記念日中友好国際交流の会により、中国からの留学生教育への多大な功績を記念する「鶴峯堂」が建立されました。松本亀次郎の功績は今も燦然と輝やいています。

鶴峯堂.jpg

【鶴峯堂】

松本亀次郎と周恩来のろう人形.jpg

【寄贈されたろう人形】


活気づくデジタルツイン技術

今、世界的に注目されている「デジタルツイン *デジタル空間上の双子」は、リアル世界にある物理的な「モノ」から収集した様々なデータを、デジタル空間上にコピー・再現する技術です。中国も国をあげて最重要視している分野の一つであり、既に数々の企業が「デジタルツインプロジェクト」に参入しています。リアル世界の事象をデジタルで再現するデジタルツインは、精度の高いシミュレーション・分析、未来予測を可能にし、都市においては、スマートシティを構成する技術の1つです。アリババの城市大脳(シティブレイン)、百度のApollo、バイトダンスのVRデジタルツインクラウドサービス、51WorldのデジタルツインPaaS(Platform as a Service)、ファーウェイの沃土、iFLYTEKの城市超脳など、大手企業が積極的に参入しています。

 

デジタルツイン技術を中国でリードしている企業、北京飛渡科技(Beijing Freedo Technology)は、知的財産権を持つ国産のデジタルツイン・ソリューションの提供を目指して、デジタルツイン基盤の開発に取り組み、都市レベルなどの大規模3Dデータの読み込み、リアルタイムレンダリング、シミュレーション、情報共有などの分野で先端技術を有しています。主力プロダクトに、デジタルツインプラットフォームや都市情報も出るプラットフォームがあり、都市、工業団地、空港、地下鉄、電気・ガス工事など幅広い分野で活用されています。また、地方政府とも連携し、深セン市、南京市、広州市、アモイ市、西安市などではデジタルツイン都市情報モデルプラットフォームの建設・整備を行っています。

 

北京五一視界数字生科技股有限公司(51WORLD)は、東方明珠塔や上海タワーなどの 20 以上のランドマークを個別にモデリングを行い、衛星、ドローン、センサーからの情報も使用してアルゴリズム的に無数の建物、道、水路、緑地のデジタル版を生成し、上海都市全体のデジタルツインを2020年9月に完成させています。今後、ほぼリアルタイムで更新される「真のデジタルツイン」を作り上げることを計画しています。

 

都市デジタルツインの場合は、都市開発のプランナーやエンジニアは、デジタルツインを検証してサービスの向上、開発計画、建物システムの最適化、交通量のモニタリングの知見を得ることができます。デザイナーは、ライブ状態の都市環境でバス停の位置や新しい居住地計画といったアイデアのシミュレーションを行い、その影響を事前に検証することができます。

 

中国は新インフラ国家戦略のもと、IPv6、NB-IoT、5Gなどのネットワーク構築を加速しており、2021年末時点で、中国が建設・開通した5G基地局は累計142万5000か所に上り、世界最大の5Gネットワークを構築して、5Gで低遅延化を実現し、IoTのスマートインターフェースがリアルタイムに情報を相互接続できるようになりました。これにより、都市のデジタルツインも、地理的情報センサー、衛星、ドローンやその他の情報ソースを活用し、リアルタイムで現実を反映し再現できるようになるため、例えば、複数のレベルで都市を正確にモニタリングし、都市のリスクを自動的に検出できるようになったり、デジタルツインシティにおけるガバナンスの意思決定を分析し、より低コストで試行したりして、実体都市のガバナンスを、逆に指導することができるようにもなります。

 

デジタルツインは、まだ生まれたばかりの技術ですが、人工知能AIや機械学習ディープラーニングも成長しているため、都市ランドスケープを変える大きな潜在的発展の可能性を持っています。  

 (36Kr JAPAN等を参考に整理)

中国の新国家プロジェクト「東数西算」

「東数西算」の「数」はビッグデータを指し、「算」は計算力を指し、つまりデータに対する処理能力と計算力を指しています。これは、2022年2月に中国でスタートしたプロジェクトで、西部地区でデータ処理センターを建設し、東部地区の経済活動で生まれたデータとそれに対する需要を西部地区で処理するというものです。この国家プロジェクトは、北京・天津・河北、長江デルタ、粤港澳大湾区(広州、仏山、肇慶、深セン、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、澳門<マカオ>両特別行政区によって構成される都市圏)、四川省成都市・重慶市、内蒙古(内モンゴル)自治区、貴州省、甘粛省、寧夏回族自治区といった8地域で、国家計算力ターミナル・ポイント建設をスタートさせているほか、国家データセンタークラスター10ヶ所の構築を計画しています。


中国では、年々コンピュータ運用稼動の需要とそれに伴う電力需要が増大しており、それは特に中国沿岸部(東部地域)に中国のビッグデータセンターの大部分が分布しています。しかし、土地やエネルギーなどの資源が不足してきているため、東部で大規模な展開を続けることが難しくなってきています。一方、西部地域は再生エネルギー電力(風力・太陽光・水力発電等)の資源が豊富なため、データセンターを建設して、東部の計算力ニーズを引き受けることのできるポテンシャルを備えています。そこで、コンピュータ運用稼動と電力の需給バランスの改善と、カーボンニュートラルへの対処・国土の均衡ある発展を両立することを目的として、すなわち「東数西算」プロジェクトを実施することによって、データセンターの合理的な配置、需給の最適化、グリーン化の強化、相互接続を促進しようとしています。


国家発展改革委員会が発表したデータによると、2022年4月末現在、全国に10ヶ所ある国家データセンタークラスターは、25件のプロジェクトが着工し、データセンターの規模は標準ラック54万本に達し、計算力は毎秒1350京回を超えて、パーソナルコンピューター2700万台分の計算力にほぼ相当し、各方面で1900億元を超える投資を呼び込みました。そのうち、西部地域への投資は前年同期の6倍増加し、第14次5カ年計画期間には、ビッグデータセンターへの投資が毎年20%を超えるペースで増加し、各方面の投資は累計3兆元を超えることが予想されています。


プロジェクト開始を受けて、データセンターが続々と建設されていて、全国で計算力の 「1大ネットワーク」の構築が加速し、また多くの応用の分野でも新たな成果を上げています。例えば、貴州中雲データサービス有限公司が、広東省深セン市にある、テレビ・映画大型レンダリング業務を手がける企業瑞雲科技有限公司に、クラウドストレージの支援を提供するようになりました。これまでシングルフレームレンダリングは作品1つに100時間以上もかかっていたが、貴州中雲のスーパー計算力のおかげで、1時間から数分に短縮できるようになったといいます。今や、貴州は、世界で超大型データセンターが非常に多く集積する地域の1つになっており、域内総生産(GDP)に占めるデジタル経済の割合が34%に達しています。今では、ファーウェイ、テンセント、チャイナ・モバイルなどのデータセンターが続々と貴州に建設し、新しい応用シーンを次々に生み出しています。


「東数西算」、この国家プロジェクトを実施することは、データセンターの合理的な配置の推進、需給の最適化、グリーン集約、相互接続などにとって重要な意義があり、中国全体の計算力規模化集約化発展を実現するのに有利になっていくと考えられています。

(人民網などを参考に整理)