寄稿レポート

 

≪協議会ニュース

・ 2020年(7月号、3月号)

 ・  2019年(12月号、10月号、6月号、3月号)   

・ 2018年(12月号、10月号、7月号、3月号)

 2017年(12月号、9月号、6月号、3月号) 


≪トレンドNOW(潮流奔騰)≫

・百花繚乱の「雲会議」〜オンライン会議〜(2020年7月)


≪中国博物館紀行≫

・中国黄酒博物館(2020年7月)


≪作家が見た中国へタイムスリップ≫

・芥川龍之介、西湖の旅(2020年7月)


≪CHINA WATCHING≫静岡県日中友好協議会 交流推進員 横井香織による寄稿

・ 寧波の桂花、樟木(2020年7月)

・ 移動に便利!タクシーアプリ「滴滴出行」(2020年3月)

・ 「盒馬鮮生」に見る中国スーパー事情(2019年12月)

・ 現金をもたない生活が当たり前に!(2019年10月)

・ 生活革命!! 寧波人の観光スタイル(2019年7月)

 

≪ミニレポート≫

・ 漢民族は7つの亜種に分かれる?(2020年8月)

・ 急成長する「ソーシャルコマース」(2020年7月)

・ 新風景:本屋さんの「書店+」(2020年6月)

・ ニュートレンド期にある中国映画(2020年5月)

・ 中国でも進む少子高齢化(2020年4月)

 

≪クローズアップチャイナ

・ 温州と台州の産業集積地をつなぐ『楽清湾跨海大橋』(2020年3月)

 ・  寧波と舟山の距離を一気に縮めた『舟山跨海大橋』  (2019年12月)

・ 2008年竣工の『杭州湾海上大橋』(2019年10月)  

・ 一九三七年竣工の『銭塘江大橋』(2019年7月)


≪浙江人物紀行

・ 浙江吉利控股集団 董事長 李 書福(2020年3月)

・ 浙江万向集団創業者 魯 冠球(2019年12月)  

・ 杭州娃哈哈集団(ワハハ)創業者 宗 慶後(2019年10月) 

・ 阿里巴巴(アリババ)創業者 馬 雲(2019年7月)

一九三七年竣工の『銭塘江大橋』

 銭塘江を南北にまたぐこの橋は上海−杭州−寧波をつなぐ交通の要でもあります。銭塘江大橋は橋梁建築家・茅以昇が設計建築を取り仕切った、中国が始めて独自に設計、建築した近代的大橋であり、初めての鉄道、公道両用の二層橋梁(下層線路橋は全長1322M、上層公道橋は全長1453M)であり、1934年8月8日に建設が始まり、1937年9月26日に完成しました。

 戦争中の1937年、44年、45年に部橋脚が爆撃・爆破などの被害を受け、長年にわたり使用できなくなったことがありますが、1964年、74年、93年、2000年に大規模な補修工事が行われ、現在作られる多くの橋と異なり、多くの鋼材や部品が交換可能な構造であることから、現在も元の橋脚が使われています。

 当初は50年間の寿命を想定していた銭塘江大橋は、2007年に橋の総合評価を行われ、極めて堅牢に作られていることが分かり、また列車通過時の橋の変形がわずかに増大していることが分かったため、貨物列車の通過速度を時速60キロメートルに制限しました。

 専門家によると、今後も橋を長く利用するための方策で、今後10年は問題なく、大切に使い続ければ、“100歳の誕生日”を現役で迎えることができるとみています。 

〜阿里巴巴(アリババ)創業者〜 馬 雲

 中国本土の起業家で初めて『フォーブス』に掲載された人物である馬雲氏(英語名: Jack Ma ジャック・マー、浙江省杭州市出身)はアリババ集団(阿里巴巴集団)の創業者であり、現在、董事長主席(会長)、ソフトバンクグループの取締役も務めています。


中国を代表するユニコーン企業・アリババを創る

 1964年に浙江省杭州市で生まれた馬雲氏は2度大学試験に落ちていますが、英語に関しては成績優秀で、卒業後、1988年に杭州電子工業学院で英語と国際貿易の講師になります。更に外国人観光客に無料の旅行ガイドをして英会話を学んだ、という話は有名であり、転機が訪れたのは、1995年に英語の通訳としてアメリカを訪問した際に、インターネットに出会い、その可能性、将来性に気づいた馬雲氏は帰国後、企業情報サイト「中国イエローページ(中国黄頁)」を立ち上げ、その後、現在のビジネスモデルの基礎となる1999年に企業間電子商取引 (B2B) のオンライン・マーケットのアリババ集団(阿里巴巴集団)を創立しました。


「独身の日」(11月11日)の取引額2,135億元を記録

 2003年に、Eコマースのショッピングサイトである「タオバオ(淘宝網)」を立ち上げます。「タオバオ」はその後、アジア最大のショッピングサイトへと成長し、2004年に、オンライン決済のプラットフォームである「アリペイ」をスタートさせています。消費者向けの電子商取引サービスである「タオバオ」では、中小企業の圧倒的な支持を獲得し、「タオバオ」から派生したモールサイト・Tモール(天猫)は消費者向け電子商取引サービスの市場をけん引し、インターネット上の決済と金融サービスを融合事業化したのがキャッシュレス決済「支付宝(アリペイ)」です。最近では、出前サービスやスーパーマーケット経営(O2O)にも乗り出し、オンラインビジネスで培った技術とノウハウを実店舗に展開しています。中国の「独身の日」(11月11日)という言葉を日本でも耳にすることが増えてきましたが、昨年の1日の取引額は過去最高となる2,135億元(約3兆4160億円)を記録し、アリババ集団の2019年3月期決算の売上高は前期比50.5%増の3,768億元(約5兆6,520億円)に上り、破竹の勢いで成長を遂げています。

新中国黎明期の激動の時代を生きた 周恩来

 中華人民共和国が建国された1949年10月1日以来、死去するまで一貫して首相をつとめ、毛沢東の信頼を繋ぎとめた周恩来(1898−1976年)。1972年に日本国首相の田中角栄(当時)と日中共同声明に調印したことでも知られています。

紹興、淮安、天津 

 周恩来は、1898年3月5日、江蘇省淮安県に生まれました。周家は元々魯迅と同じ浙江省紹興市を原籍地とする旧家で祖父の代に江蘇省淮安に移ったと言われます。周恩来は「自分は紹興人である」と度々発言しており、特別のおもいれがあったことがうかがえます。

 青年期、清朝が倒れ、革命の息吹が漂い、天津の南海中学を卒業後、1917年に日本へ留学し、東亜高等予備高校などに通いました。その後1919年に帰国し、政治活動に身を投じます。南海大学卒業後、祖国を救う道を探すという強い希望に燃えフランスへ留学し、急速に共産主義思想に目覚めていきます。1976年の死去まで中国の指導者として活躍し、特に外交を中心に大きな役割を果たしました。

松本亀次郎と周恩来

 周恩来が日本に留学した頃、日本を通じて西洋の近代文化を学ぼうとする、中国の若者が大勢やってきました。中国人留学生に対する日本語教育に生涯をささげたのが松本亀次郎です。掛川市出身の松本亀次郎は、中国人留学生のために設立された宏文学院で日本語教師をした後、37歳の時、1914年に東京で中国人留学生が学ぶ「東亜高等予備高校」を設立し、約40年にわたって中国人留学生約2万人に日本語を教え、その教え子の中には、中国初代首相の周恩来や文豪の魯迅なども含まれ、特に周恩来は自宅へ頻繁に招くほど親密な関係だったとされています。

 天津市にある「周恩来ケ穎超記念館」の元館長から、松本亀次郎の子孫に打診があったことから始まり、今年3月、関係者の尽力により、松本亀次郎と周恩来の等身大のろう人形が掛川市に寄贈されることになり、掛川市立大東図書館に設置されています。

 

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     【周恩来】     【浙江省紹興市にある周恩来記念館】

生活革命!! 寧波人の観光スタイル

今年度は、寧波の人々の生活の一端をいくつかのトピックスに分けてご紹介していきます。今回は、寧波では休暇をどう過ごすか、つまり寧波人の観光スタイルについてです。

 寧波の人々は、暑い夏も寒い冬の日も、休日になるとよく出かけます。週末や休日は、天気がよければ寧波一の繁華街である天一広場や、天一広場の西にある月湖に、多くの人が集まります。月湖は、緑あふれる広々とした公園で、周辺には史跡や記念碑、旧宅、博物館などが点在しています。人々はここを散策したり歌や踊りを楽しんだり、小さな遊覧船に乗ったりします。昼夕の食事どきには、近くのレストランは家族連れで満席です。

 日本に比べて祝日の少ない中国では、まとまった休暇がとれるのは1年に2回だけです。それは10月1日から始まる国慶節休暇と、2月の春節(旧正月)で、どちらも1週間ほどの連休です。日ごろ、都市部に住み多忙な日々をおくる寧波人は、豊かな自然が大好きです。連休を利用して、雲南省や新疆ウイグル自治区、チベットなど、中国内陸部へ大自然を求めて出かけます。旅の準備には、スマホが欠かせません。「携程」「去儿」「飛猪」などのアプリを使えば、高速鉄道や飛行機、ホテル、レストランなどの予約ができます。ユーザーによるコメントや評価を参考にしながら、自分で旅をコーディネイトします。

 海外旅行の場合は、オンライン旅行会社のツアーに参加します。欧米やアジア、もちろん日本へのツアーも出ています。日本では「爆買い」ばかりに注目が集まります。しかし実際は、日本各地の自然や文化、日本でしかできない体験、和食などを楽しみにしている人がたくさんいます。北海道でスキーを楽しみたい、奈良や京都で日本の歴史に触れたい、伊豆の温泉に行きたい、日本の田舎に行ってみたい、華道や茶道を体験したい、大相撲を見に行きたいなど、個人のニーズに合わせて、オーダーメイドの訪日旅行を扱う旅行会社も出てきました。富裕層の中には、健康診断ツアーや医療ツアーなどの訪日旅行をオーダーする人もいるようです。

 寧波からはこれまで、大阪と静岡に週2便ずつ、名古屋に3便、直行便が飛んでいました。今年4月末からは、ついに寧波・成田直行便が週4便、就航するようになりました。また、寧波駅前から上海浦東国際空港行きの直行バスも、運行しています。毎年、日本を旅行している寧波の友人は、便利になったと喜んでいます。今後、ますます寧波から日本を訪れる人が増えていくことでしょう。

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     【月湖の様子】        【去儿トップページ】

2008年竣工の『杭州湾海上大橋』

 浙江省東部の杭州湾を南北(北は嘉興市海塩県、南は寧波市慈渓県級市)に縦断する海上橋・杭州湾海上大橋(中国語: 杭州湾跨海大橋)が2008年5月1日に開通しました。 

 開通当時、海上橋としては世界一、陸上橋を含めても世界第2位となる全長36kmです。現在は、世界最長の橋は青島膠州湾大橋(全長41.58キロ)であり、杭州湾海上大橋は世界第3位、海上橋としては世界第2位です。海上橋の開通によって、従来、陸路の移動距離が400kmだった寧波市と上海市は120kmに短縮され、移動の所要時間はわずか2時間となりました。 

 海上橋ではあるが、大部分は常時陸地もしくは潮位によっては干潟となる部分であり、水上を通る部分も銭塘江の淡水と混じり合う汽水域である。本来、海流が複雑で、流れが速い杭州湾に海上橋を建設することは困難と見られていたが、設計・資金・施工のすべてを中国国内で賄った杭州湾海上大橋の建設に総工費118億元(約1650億円)をかけ、2004年の着工からわずか3年で架設工事を終了しました。

 2010年12月18日には、3年にわたって建設された「杭州湾跨海大橋」の海上展望台「海天一洲」が落成しました。「海天一洲」は杭州湾跨海大橋南岸1.7キロに位置し、観光台と観光タワーからなり、海面上の面積1万2千平方メートル、その内、観光タワーは16階建ての高さ146.5メートル、観光展望台は観光やレストラン、ショッピング、宿泊を一体化した施設です。

〜杭州娃哈哈集団(ワハハ)創業者〜 宗 慶後

中国最大の飲料メーカー
宗慶後氏(浙江省杭州市出身)は、1987年設立の杭州娃哈哈集団(当初、杭州娃哈哈栄養食品工場)の創業者であり、 現在も董事長兼総経理を務めています。同社は、現在、全国各地に80の生産拠点で、乳飲料、飲料水、炭酸飲料、フルーツ飲料、お茶、健康飲料、ビール、缶詰食品、スナックなどを製造し、総資産400億元、従業員3万人を有する、中国において最大規模の飲料企業となっています。

 

 ″ゼロ″から、年平均60%成長
1945年に生まれた宗慶後氏は、42歳の時に、仲間3人で、14万元を借金して、ずっと赤字状態にあった学校直営工場を引き受け、サイダーとアイスキャンディの製造・販売が始まりです。
起業する前の経歴:1963〜1964 浙江舟山馬目農場(現、東海農場)農業従事、1964〜1978 浙江紹興茶工場生産技術、1978〜1979 杭州工農校・紙箱工場業務員、1979〜1980 杭州光明電器儀表工場生産販売,1981〜1982 杭州勝利電器儀表工場生産管理、1982〜1986 杭州工農校営工場業務員、1986〜1987年,杭州市上城区校営企業経営販売部部長 


小魚、大魚を食う
1989年、子供用栄養ドリンクの販売代理店となり、後に瓶詰め機械を導入して、その栄養ドリンクのボトラーへと会社の業態を変え、これが大ヒット商品となり、校営企業をベースに「杭州娃哈哈栄養食品廠」を設立しました。
1991年、小企業「杭州娃哈哈栄養食品廠」は、大企業・債務超過に陥っていた2000人の職員を有する国営企業「杭州缶頭食品廠」を買収し、生産額2億元を超える杭州娃哈哈集団になりました。 


仏ダノン社と合弁、後に解消
抜群のコスト競争力で順調に事業を拡大してきた娃哈哈にもこれまで何度か危機的な局面がありました。その最たるものは2007年に表面化した仏ダノン社との経営権争いであり、1996年から同社の合弁相手となり、後に敵対的買収を仕掛けたダノン社と、宗氏及び同社の従業員、代理店とが激しく対立した末、2009年9月に同社が合弁会社におけるダノン社持分を買い取ることで最終決着しました。

現金をもたない生活が当たり前に!

 日本は海外と比較すると、現金比率の高い国です。日本にいたころは、バッグの中には必ず財布があり、現金とともにクレジットカードやキャッシュカード、ショップの会員カードを持ち歩くのが日常でした。ところが中国にやってきて4年目を迎えた今では、現金を持たない生活があたりまえになってしまいました。
 
 中国では、スーパーやショッピングモール、レストランはもちろん、小さなフルーツショップや屋台に至るまで、支払いはモバイル決済です。現金決済もできますが、モバイル決済に慣れてしまうと現金を扱うのは面倒です。今では、バッグの中に財布はありません。多くの人が利用するモバイル決済は、微信(WeChat Pay)と支付宝(Alipay)の2種類です。いずれもショップのQRコードをスキャンするか、自分のQRコードをスキャンしてもらうか、どちらかの方法で支払いを済ませます。すると登録先の銀行から、支払った金額と口座の残高を知らせるメッセージが届きます。支付宝を利用すると、月末には1か月の収入・支出の総額だけでなく、用途別の集計グラフまで表示されます。お金の管理までしてくれる、というわけです。  

 

 これほどまでモバイル決済が普及したのには、中国の高額紙幣が100元(約1500円)であることや偽札対策があるかもしれません。キャッシュレスの利点として、@モバイル決済なら手数料がかからない、A1円未満の細かい決済もできる(割り勘のとき便利)、B24時間365日、リアルタイムで決済できる、Cショップの公式アカウントをフォローすると会員になれる(会員カードを別に持つ必要がない)、D光熱費などの支払いができる、などがあります。家賃もモバイル決済を利用して、支払いをしています。また、地下鉄やバス、タクシーの支払いも、モバイル決済でできるので、日常生活で現金を持ち歩く必要はなくなりました。銀行へ行く機会もぐっと少なくなりました。  

 

 ただ、いくつか心配な面があります。1つは、セキュリティの問題です。二重認証になっているのですが、スマホをどこかに置き忘れたり落としたりしたらと思うと、それだけでは心配なので保険に入っています。もう1つは、大規模停電やシステム障害の問題です。これまで、幸いにもそのような不測の事態にはなっていません。それでも、万が一のときを想定すると、現金を全く持たないのも不安な気がします。結局、数日生活するのに困らないくらいの現金は、手元にある方が安心なのかもしれません。 

fruit shop

【フルーツショップ】

スマホ決済

【スーパーのレジ、スマホ決済】

寧波と舟山の距離を一気に縮めた『舟山跨海大橋』

 浙江省は水の省といえ、省内の河川や運河、海などを通じて、地域内、そして他地域とつながり合い、杭州湾など海によって隔てられてきた地域も橋が架けられ、橋を通じて新たに互いをつないでいます。 

 2009年に完成した「舟山跨海大橋」の全長は48キロ、うち橋梁部分は25キロ、海に架けられた橋は全部で5つあり、舟山本島と4つの島、寧波市鎮海地区を結んでいます。

 これまで舟山群島は、海を隔てて対岸の寧波地域と繋がっていましたが、寧波市と舟山群島を結ぶこの「舟山跨海大橋」によって、寧波市と舟山市の距離を一気に縮め、港湾機能から海運中心としての地位が高まり、大きな役割を果たしています。 

 「舟山跨海大橋」は、舟山の海洋資源の開発、寧波市と舟山港の一体化を促進し、浙江省と長江デルタの経済発展を推進する上で深遠な意義を持つことになりました。この橋の完成によって、舟山群島の海上に孤立した歴史に幕が降ろされました。

〜浙江万向集団創業者〜 魯冠球(2019年12月)

中国を代表する自動車部品メーカー
 魯冠球氏(浙江省杭州市出身)は、1969年設立の万向集団の創業者であり、現在、自動車部品・ユニバーサルジョイントを主に、世界10カ国に拠点を持ち、4万人の従業員を抱え、総営業収入は1000億元、利益は100億元を超える中国の一大企業集団、万向集団(自動車、金融、農業、エネルギーの4大産業におよぶ企業群)を築きました。(2017年10月25日没、72歳) 


最も成功した農民出身の経営者
 1945年、浙江省杭州市の農家に生まれた魯冠球氏は15歳で学校を中退し、鍛冶屋をしていました。その後、自動車修理工場、食糧加工工場を自営し、1969年、6人の農民を率いて4000元の資金を集め、のちに万向集団となる“蕭山寧囲農機工場”を創立し、その後40数年来、年平均26%成長と脅威のスピードで、小さな鍛冶屋から米国市場へ進出すほどになり、中国を代表する自動車部品製造企業に発展させました。
また、中国郷鎮企業(中国の農村地域(鎮 ・郷 ・村)における経済組織(集団又は農家) によって出資、設立、経営される企業体)を発展させるために、魯氏は数十年勉強をし、2001年には、香港理工大学名誉商工管理博士号を獲得、大陸で初めてこの学位を取得した企業家となりました。魯氏の60以上の論文は『求是』、『人民日報』、『光明日報』、『経済日報』などの全国と地方新聞雑誌に発表され、「農民理論家」とも称されています。 


自動車生産へ果てぬ夢
 魯氏は「自動車開発は、創業から間もない80年代からずっと取り組みたかった。私がダメなら、息子が、孫がやる」と長年の夢であることを語ったことがある。夢を果たして現実となった。
2016年、買収した米国の自動車ベンチャーを買収し、同年12月には中国政府からEVの生産許可を取得しています。積極的にクリーンエネルギーの発展に投資し、社会的責任を負って、国内最大規模のリチウムイオン電池生産基地を建設し、2013年、世界トップ技術を持つ米国のクリーンエネルギー企業を買収しました。             
 魯氏が語った「1日に1つの事実を作り、ひと月に1つの新しいことをして、1年に1つ大きな事をして、一生に一つ意義があることをする」などの理念は、万向集団に引き継がれています。

「盒馬鮮生」に見る中国スーパー事情

 寧波で生活を始めたころから、ほぼ毎日買い物をしてきたスーパーがあります。それは「三江購物」という地元のスーパーで、野菜や肉、卵など、どれも新鮮で安く、日本のスーパーと変わりません。あるとき知人から、サービス満点のユニークなスーパーを教えてもらいました。それが今回紹介する「盒馬鮮生」(カバ・フレッシュスーパー)です。
 
 「盒馬鮮生」は、阿里巴巴集団(アリババグループ)が運営する生鮮スーパーです。第1号店は、2016年1月、上海にオープンしました。ここ寧波には、現在2つの店舗があります。
 「盒馬鮮生」には、日本や中国の地元のスーパーと違うところが3つあります。1つ目は、魚介類などの生鮮食材をその場で調理してくれるイートインスペースがあることです。店内には生けすがあり、カニやエビ、シャコ、ザリガニ、貝類や魚などが生きたまま販売されています。買うときは、備え付けの網でエビや魚をすくい上げます。そのまま持ち帰ることもできますが、新鮮なうちに好みの味や方法で調理してもらうこともできます。イートインスペースは、休日のお昼時には家族連れの中国人で満席です。山盛りのザリガニや大きなカニを、家族みんなで美味しそうに食べています。私はいつも、魚を蒸したりエビや野菜を大きなフライパンで炒めたりするなど、家ではできない方法で調理してもらい、それを持ち帰って食べています。


 2つ目は、店内で買ったものを配達してくれるデリバリーサービスがあることです。(これは日本にも同じようなサービスがあるかもしれません)


 3つ目は、アプリによるデリバリーサービスです。オンラインで購入する商品と店舗で販売されている商品は、リンクしています。何度か店で買い物をしていれば品質がわかりますから、安心してアプリで購入できます。食材をそのまま購入するだけでなく、調理して配送してもらうこともできます。どちらのサービスも、「盒馬鮮生」から3q以内なら30分以内で配送されることになっています。この盒馬鮮生のデリバリーサービスが受けられる居住区の人気が高まっているという話もあるようです。一度このサービスを使うと、あまりにも便利でやめられません。


 最近は「三江購物」、「盒馬鮮生」に加えて、コストコのような会員制の超大型スーパー「山姆会員商店」へも行くようになりました。ここも寧波の中国人に大人気です。これといった娯楽のない中国の地方都市では、ショッピングモールや大型スーパーを家族で散策するのが、人々の楽しみの一つになっているのです。

 

移動に便利!タクシーアプリ「滴滴出行」

 中国は日本とは比べものにならないくらい広く、移動に時間がかかります。中国に来て間もないころは、移動時間が長くかかることがストレスでした。中国人は、マイカーやバイクを移動に利用できますが、外国人の交通手段はバス、タクシー、地下鉄ということになります。バスと地下鉄は、駅や停留所まで行くのに、かなり歩かなければならないことが多く、タクシーは中国語でやり取りするのでそれが負担でした。そんなとき、学生に「滴滴出行」という配車アプリが便利だと教えてもらいました。

 

 「滴滴出行」は、配車サービスの大手二社が合併し、2015年に誕生しました。現在は中国の400以上の都市で利用されています。タクシーの配車だけでなく、予約をすることもできます。

 配車依頼のときは、目的地を入力すると、地図上に現在対応可能なタクシーの位置が表示されます。乗客がタクシーの車種(車のランク)を選ぶと、タクシーのナンバー、車の色、運転手の氏名のほか、待ち時間や目的地までの推定料金、推定到着時間が示されます。そのまま待っていると、表示されたタクシーが目の前にやってきます。実際の金額は、アプリ上で走行データに基づいて計算され、アプリを通じて支払います。中国語ができなくても、何も問題ありません。

 

 初めて利用したときは少し緊張しましたが、二度三度と使って慣れてくると、便利だと思うようになりました。タクシー代が日本よりかなり安いこともあって、今ではバスや地下鉄では行きにくいところや、急いでいるときは積極的にタクシーを利用しています。

 

 この配車アプリの利点は、配車スピードが速いこと、車種を選べること、支払いが簡単なこと、乗車前に料金や時間がわかることなどがあります。でも、運転手がどんな人かわからないので、運転が荒かったり不愛想だったりすると、なんとなく怖いと感じます。また、タクシーで事件が発生しているというニュースを見たことがあり、夜は一人で乗らない方がいいというアドバイスを受けたこともあります。それでも終バスや終電が早い中国では、タクシーを利用しないわけにはいきません。そこで私は、早朝や夜、一人で利用するときは、知り合いになったタクシーの運転手と事前にSNSで連絡をとり、お世話になることにしています。日中は滴滴出行や、最近配車サービスに参入してきた曹操出行を積極的に利用しています。便利な交通手段として、タクシーはなくてはならないものなのです。

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〜浙江吉利控股集団 董事長〜 李 書福(2020年3月)       

自動車をつくる「夢」を実現

李書福氏は1986年に吉利集団を創立し、1997年に自動車業界に進出しました。長年にわたって実業に専念し、民族自動車工業の発展に力を入れ、技術革新と人材育成を堅持し、グローバル企業文化を構築し、企業社会の責任を守っています。その卓越したリーダーシップと展望の先導のもとに、グループは31年の繁栄を経て、6年連続で世界500強にランクされました。現在、グループ業務は自動車全産業チェーンをカバーし、全世界で10万人以上の従業員を擁し、中国に立脚し、世界に向かうグローバル企業となっています

 

農民から起業、民営企業家

1963年、李書福は浙江台州の農民の家庭に生まれました。彼は四兄弟の3番目で、学生時代は台州で過ごしました。19歳で高校を卒業したばかりの李書福さんは、引き続き勉強せず。1982年、父からの120元で小さなカメラを買い、街で写真を撮る写真ビジネスを始め、半年後に1,000元を稼ぎました。その後、彼は正式に写真館を始めました。写真館を経営している李書福さんは、よく部品を買って自分でカメラを組み立てます。彼は自分で分離して取り出した金銀を杭州へ売りに行き、その後写真館を閉めて、この商売を専門にしました。

その後、1984年〜1986年、浙江台州石曲冷蔵庫部品工場の工場長を担当し、1986年〜1989には、浙江台州北極花冷蔵庫工場の工場長を務めています。1989年〜1992には、浙江台州吉利装飾材料工場の工場長を務めた後、国内大学に進学しました。1995から今日まで、吉利集団有限公司董事長、浙江吉利控股集団董事長を務めています。

 

「自動車の夢」から「教育の夢」へ   

 自動車の研究をするかたわら、学生を育てる。最初に「浙江経済管理専修学院」を作り、その後浙江省の豪情自動車工業学校、浙江吉利技術学院、浙江自動車職業技術学院の3つの全日制大学に発展しました。20年余りの間に自動車産業業界に23,000人余りを送り出し、多くの卒業生はすでに企業の基幹幹部に成長しています。北京吉利学院は、明確な学校運営の目的、完備した教育施設、高いレベルの教育の質を持ち、現代化建設のために多くの人材を送り込んでいます。

 

 

温州と台州の産業集積地をつなぐ『楽清湾跨海大橋』

浙江省は「モノづくり」省として知られ、省内各地で業種毎、部品毎の産業集積が見られるといった特徴を持っています。特に温州市と台州市は産業集積の規模が大きく、種類も多く、例えば、温州市楽清市は電子部品「配電スイッチ」、台州市玉環市は「自動車部品」が大規模に集積し、また両地は地理的に隣接し、「楽清湾跨海大橋」の開通により、巨大な産業集積群の一体化が形成されました。

 

2018928日に開通した「楽清湾跨海大橋」は全長38.キロ、設計速度100キロで温州市楽清市と台州市玉環市を結び、特大橋・大橋・中橋47基、湾岸橋4基、トンネル3基の構造で構成され、建設工期は7年、総投資額は120億元です。

 

以前は、温州空港から玉環(約74キロ)まで約3時間かかり、途中、海をまたぐ楽清と玉環は1時間かけて、フェリーで渡船していましたが、大橋の開通により1時間に短縮され、現在では楽清から玉環までわずか20分、温州市から玉環までは約1時間で行けます。

 

玉環域内には高速道路が通じていませんでしたが、同時期に域内に高速道路も建設され、甬台温高速道路(寧波―台州―温州)の復線路として、楽清湾大橋が玉環市芦浦鎮分水山と楽清市南塘中枢と連絡し、寧波・舟山港、台州港、温州港と結ぶ沿海大通路の一翼を担なっています。

 

 

中国でも進む少子高齢化

 2020年1月17日発表された、2019年の実質国内総生産(GDP)成長率は6.1%にとどまり、2018年から0.5ポイントも縮小した。しかし、日本で進んでいる少子高齢化は、近年中国でも問題となってきている。中国国家統計局は、2019年末時点での国内人口は14億5万人に達し、史上初めて14億人を超えたと発表した。しかし、労働力人口や年間出生数は減り続けており、今後中国経済が低迷する可能性もある。  中国の2019年の出生数は、前年比58万人減の1,465万人で、3年連続で減少している。中国では、2016年から一人っ子政策を廃止したが、教育費や住居費の高騰、若者の結婚観・家族観の変化から、出生数は増加していない。合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)は、2012〜16年平均で1〜2程度。出産適齢期の女性も25年までの10年間に約4割減り、出生数の減少は今後も続くと考えられる。  また16歳から59歳までの2019年の労働人口をみると、前年比89万人減の8億9640万人。2012年から8年連続で減少している。実はこのわずか3年間で、18〜30歳の若者は3千万人も減っている。90年代に「一人っ子政策が浸透し、99年生まれは1,400万人と90年生まれ(2,800万人)の半分しかない。スマホや自動車、衣服が売れないのは、消費意欲が旺盛な若者の減少も大きな要因だ。  一方、60歳以上の人口は2億5000万人を突破し、2022年からは1962年生まれ以降のベビーブーム世代が退職する。今までは働き盛りの世代が多く、社会保障が必要な高齢人口が少ない状況だったが、今後労働力が急激に縮小していく可能性がある。なぜなら、中国では定年で完全リタイアする人が非常に多いからだ。現在、中国の労働契約法では、男性の定年は60歳、女性は50歳(幹部、専門職などは55歳)と定められている。政府機関や国有企業、大学などに所属した人達は定年後も年金以外の各種手当が出る。大多数の庶民にはそのような恩恵はないが、「頤養天年(晩年を静かに過ごし、天寿を全うする)」という伝統的価値観から、子どもたちの支援を受けつつ、身の丈に合った生活でリタイア後の生活を楽しむ人が多い。  近年、浙江省は人口増加傾向にある。人口の流入は、都市経済を活性化させるが、常住人口が加速的に増加している杭州であるが、養老負担が重荷になりつつある。北京、上海のような第一線の大都市では、戸籍人口の高齢化の度合いが高い状態にあるが、2018年の杭州の老年扶養比は全国レベルより高く、北京を超えている。データによると、2018年の杭州0-14歳の人口は12.6万人で、15-64歳の73.5万人、65歳以上の128.5万人、老年扶養比(65歳以上の人口/労働力人口である15-64歳の人口数)は17.6%で、全国水準の17%を上回っている。  2050年になると、中国では60歳以上の人口が5憶人に達する。医療や年金など社会保障への財政支出も、17年の1.2兆元(約20兆円)から急拡大する。2019年には中国社会科学院が「公的年金の積立金が35年に底をつく」との試算を公表した。少子高齢化に拍車が掛かれば、中国で定年年齢の見直しが進む可能性もあるだろう。

(AFP等を参考に整理)   

ニュートレンド期にある中国映画

 中国映画は、新世代の青年監督がつくる新しいトレンド期にあり、今やアメリカと肩を並べるほどの産業規模となっている。上映数は世界で一番多く、観客動員数、映画の制作本数、興行収入は世界で2番目に多い。中国の年間興行収入では、2019年は前年より5.4%増加、642憶6,600万元(約1兆円)となり、歴代記録を更新している。  

 中国のアニメ業界も急成長しており、2019年の国産アニメ映画「ナ之魔童降世〈Ne Zha(英題)〉」は、50億元越えの興行を記録し、中国映画興行収入歴代2位となった。他にも「羅小黒戦記〈The Legend of Hei(英題)〉」、「白蛇伝説〈White Snake(英題)〉」等大ヒットする作品が出てきており、今後、中国国産アニメは絶頂期へと突入していく可能性がある。  

 また、新世代の青年映画監督も活躍しはじめている。青年監督支援機構によると、中国映画に期待して参入する資本、市場拡大が製品にもたらす巨大な成長空間や、映画人材形成ルートの多元化等の要素により、青年監督が成長し、中国映画市場に種類の豊富な映画を提供し、国産映画の競争力を高めているとみている。更に、映画制作を学べる機関が多様化し、2000年以降各地の地方の大学に映画学部ができたことから、新世代の青年監督は、北京電影学院、中央戯劇学院等の伝統的な大学に限らず、地元の大学で学んだ人や、海外で学んだ人もいる。様々な環境で学んだ青年監督は、撮影場所に、大都市ではなく内陸部の田舎を選び、映画作品に地方の視点を取り入れている。例えば、「路邊野餐〈Kaili  Blues(英題)〉」、「地球最後的夜晩〈LONG DAY'S JOURNEY INTO NIGHT(英題)〉」で、いま注目を集めている若手監督のビー・ガン氏は、少数民族が多く住む自分の故郷を舞台として映画を制作している。個人の視点から社会を見つめ、都会とは大きくことなる田舎の現実や歴史と向き合って映画制作に励むようになってきている。  

 青年監督が急速に成長してきた要素の一つとして「青年監督支援政策」と「様々な青年監督支援プラットフォーム」があげられ、経済成長により市場が拡大し、映画への投資が増え、動画配信も普及し、地方でも映画製作資金が集まるようになっており、才能発掘の場も増えてきた。  

 その一方で、中国における映画作品の検閲は、さらに厳しくなってきている。2019年第69回ベルリン国際映画祭で出品した、張芸謀監督の新作「一秒鐘〈One Second(英題)〉」を含めた2作が“技術的問題”として、中国国内での上映が中止となり、現在でも中国国内での公開は実現していない。その他にも上映中止になった作品は数多くあり、“技術的問題”が2019年の中国映画市場を象徴するキーワードの一つになっている。他にも「興収、動員の前年比が毎年下がっている」という問題点もある。興収では、17年は22.3%、18年は9.1%、19年は5.4%となっており、マーケットが飽和状態に近づいていることを示している。最近では、新型コロナウイルスの影響や、国内経済の下振れ、大企業の映画界離脱、検閲の壁等不安定な要素は、今後の中国映画界に大きな影響を与える可能性がある。

(光明日報等を参考に整理)

 

急成長する「ソーシャルコマース」

中国小売業界では今、網紅(ワンホン)と呼ばれる動画をメインとして情報発信をするインフルエンサーや、KOL(Key Opinion Leader)と呼ばれる、特定の分野やトピックに対し専門知識を持ったインフルエンサーが、SNSやライブ動画配信を通して商品やサービスを紹介し、販売促進を行う手法が多用されている。「ソーシャルコマース」(中国語で“社会電商”)とは、InstagramやFacebookなどのSNSを利用したEコマースのやり方である。中国では、微信、微博、QQ、生放送、短動画などのソーシャルツールが使われている。

 

2018年、中国のネット小売市場規模は9兆元、ソーシャルコマース市場規模は1兆2624.7億元で、ネット小売取引全体の規模は14%を占め、2019年の中国のソーシャルコマース市場規模は2兆605.8億元に達する見込み。2018年より63.2%伸び、ソーシャルコマース消費者数は5.12億人に達し、ECの主力軍となってきている。

 

中国における「ソーシャルコマース」は、団購(共同購入)型、会員制購入型、コミュニティ購入型、コンテンツ購入型と、大きく4つのモデルがある。

団購(共同購入)型:商品のクーポンが発行され、消費者が集まってまとめ買いをすることで割引となる共同購入。「多多」など。急速に落ち込んだ市場シェアを占め、阿里と京東に次ぐ中国第三位のECプラットフォームとなっている。

会員制購入型:SNSで情報をシェアして商品が売れたらマージンがもらえる仕組み。消費者の広い人脈を利用して、商品の普及と流量の獲得ができる利点があるが、流通の仕組みがマルチ商法に類似しており、この販売モデルの合法性について論争がある。「雲集」「貝店」など。

コミュニティ購入型:地域の友人や知人などへ消費者が情報を拡散して友達を集め、まとめ買いの人数が集まると割引価格で購入できる仕組み。「我」など。

コンテンツ購入型:商品の写真やテキストなどのコンテンツを、インフルエンサーがおしゃれに作りこんでSNSでシェアする方法。「小紅書」など。

 

新型コロナウィルス感染拡大の影響により、小売市場は落ち込みが激しいが、その中でECは成長を遂げており、1〜4月のEC物販総額は、前年同期比7.8%増加した。また中国では「ライブ配信販売」が急速に普及している。「ライブ配信販売」とは、インターネットでの商品販売において、リアルタイム動画をユーザーへ送ること。当初は、ライブ配信販売を行う企業は、EC店舗や中小メーカーで、キャスターは店舗店員、KOL、KOC(Key opinion Consumer/一般人だが、比較的フォロワーが多い人)やモデルなどだったが、最近では多くの大手メーカー、実店舗を展開する小売企業なども参入し、キャスターも芸能人や企業トップなどが登場するようになってきた。

 

新型コロナを契機に、小売業界の様相は一変し、その位置付けや活用方法は刻々と変化している。最近では、ライブ配信を売上拡大ツールとしてではなく、顧客とのコミュニケーションやマーケティングツールとして活用し、実店舗に誘導するきっかけとして活用する動きも出始めている。

(前瞻産業研究院HP等を参考に整理)

    

新風景:本屋さんの「書店+」

中国では、今、国をあげて「全民閲読活動」を推奨している。これは、国民の資質・知性教養、文化水準の向上を目指して行っている読書活動である。この活動は、2006年にスタートしたが、習近平政権になってからは更に活発化し、具体的な施策として、補助金や税制優遇で書店の経営を支援している。一部の書店の家賃は、デパートの普通賃貸料の10%しかなく、一部は完全に無料となっている。中国では毎年500〜600のショッピングモールが開業しているが、書店が入居していると、文化的なイメージアップにつながり人が集まることから、オーナーもモール内に書店を配置する傾向にある。政府や投資機関の資金支援は、実体書店の拡大を支えており、今や書店はショッピングセンターモールの定番となっている。

 

 中国での書籍売上は、経済成長と同歩調で毎年成長している。2019年の全国図書小売市場規模は引き続き増加を維持し、売上高は前年比14.4%増、1022億元に達し、千億元の大台にのった。統計結果によると、中国国民の紙の書籍や新聞・電子書籍を含む2019年の成人総合閲読率は81.1%となり、前年の80.8%から0.3ポイント上昇した。電子書籍の接触率は、79.3%となり、前年の76.2%から3.1ポイント上昇。図書の閲読率は59.3%となり、前年の59.0%から0.3ポイント上昇した。紙媒体の書籍に比べ、電子書籍は数年前に比べ依然として増加傾向にあり、電子書籍の発展は、紙の書籍の読書率の成長率を減速させている。そのため実体書店は、単品では差別化できない書籍を並べているだけでは、Eコマースとの勝負に勝てないので、カフェを併設したり、文房具や雑貨も売ったりする複合型書店がどんどん増えている。最近では、更に発展した「書店+」のモデルが、本格的な書店の基調になってきている。

 

 「書店+」とは、「図書+カルチャクリエイティブ産業+カフェ+サロン」のモデルに、付加サービスが加わったものである。例えば「本屋+美術館」のコラボモデルに、明珠美術館と新華書店を組み合わせた「光の空間」がある。これは、中国でも人気がある安藤忠雄がデザインした書店であり、天井まで伸びた書棚とコンクリートのコントラストが映える空間になっている。「書店+旅行」のコラボモデルに、農村部の古民家を改修して書店を作り、現在は名所となった、南京の先峰書店がある。西安には、民宿を兼ねた書店があり、都会に住む人を農村部へ呼び込むと共に、書店が乏しかった地域にも増やしていこうという動きがある。他にも「鐘書閣」や「言幾又」等、写真映えする内装やディスプレイを持つ書店もある。これらは、中国の消費をリードしている若い女性に人気であり、SNSに多くの写真がアップされている。こうした多様な経営を誇る「書店+」の新式書店は、多くの観光客を集め、人気スポットとなっている。上海の「志達書店」は、アリババの技術を導入した無人化書店がある。顔認証で開錠して入店、顔認証決済システムを起動し、退店時に自動決済される仕組みで運営されている。まだ現在はシステムのエラーも多いが、新技術を駆使して、書店の未来を模索する書店も出てきている。

 

中国は、モノからコトへ消費の形が変わっている。その象徴として、カフェやイベント等を併設した複合型書店が新時代の生活にマッチしており、今後、書店コラボモデルは更に発展していくとみられる。  

(銀川晩報等を参考に整理)

  

寧波の桂花、樟木

中国は広大で、地域によって自然環境も食文化も言葉も異なります。浙江省は中国の南方に位置しており、水が豊かでたくさんの樹木や花であふれています。静岡とは少し趣の違う寧波の自然の美しい景色や風物を紹介します。

日本で花といえば、桜や梅を思い浮かべる人が多いでしょうか。寧波にも桜公園があり、春には多くの人が訪れます。寧波人の同僚、宋先生に「花といえば、桜ですか」と聞いたところ、「それは桂花ですね」と返ってきました。桂花(日本名はモクセイ)には丹桂、金桂、銀桂、四季桂の4種類があり、どれも甘い香りを漂わせます。寧波市内の保国寺には、なんと3000株もの桂花があり、寧波の人々を楽しませています。

寧波の人達は、桂花を見て楽しむだけではありません。桂花茶、糖桂花(桂花ジャム)、桂花酒、桂花(餅)、桂花山薬(ヤマイモ)等、桂花の花を使ったグルメを味わいますし、豚の角煮に桂花の花を入れたり、寧波のスイーツ、湯圓(タンユアン)にも花びらを散りばめたりします。見てよし、食べてよし、香りもよし。甘く香る桂花は、寧波人の心に深くしみいる特別な存在なのです。

キンモクセイ
湯圓
【金桂(桂花の一種)】 【寧波のスイーツ、湯圓】

もう一つは、寧波のあちこちに見られる樹木に樟木(クスノキ)があります。1984年9月に、寧波市の市樹に認定されました。樟木は常緑樹ですが、新緑の季節になると、前年の葉が赤色になって落ちます。花は黄緑色で、緑の実が熟すると黒紫色になります。樟木の精油は樟脳で、日本でも防虫剤として古くから使われてきました。

寧波で最も古い樟木、樹齢1200〜1500年の樟木が寧波の寧海前童竹林村にあります。私が勤務する寧波大学の構内にも樟木が生い茂っています。この木が好きでたまらないという鳥がいます。白鷺です。毎年、春になると群れでやってきて樟木に巣を作り、卵を産んで子育てを始めます。白鷺にはどうやらお気に入りの木があるらしく、1本の木に10個以上の巣が作られ、20羽以上の白鷺が見られることがあります。そのため、樟木の下を歩くときは要注意!晴れていても、傘は必需品です。白鷺は、樟木の下を歩く人間に容赦なくフンをまき散らすからです。群れでやってきた白鷺は、樟木の実や大学の南に流れる甬江の小魚をえさに子育てをして、秋には再び群れで飛び立っていきます。樟木と白鷺は、寧波大学の春から秋にかけて見られる『風物詩』になっています。

楠木.jpg

【寧海前童竹林村の樟木】

 寄稿:寧波大学外国語学院外籍教師、静岡県立大学グローバル地域センター客員講師

   (静岡県日中友好協議会 交流推進員)横井 香織

横井香織さん

【中国博物館紀行】中国黄酒博物館

酒造原産地の浙江省紹興市には、2007年10月29日にオープンした、日本でもファンが多い「紹興酒」の歴史や醸造工程などを紹介する『中国黄酒博物館』があります。

黄酒博物館1
黄酒博物館2
黄酒博物館3
黄酒博物館4

 

中国の代表的な黄酒の中で、紹興酒はその最として、紹興と言えば「紹興酒」で全国に名を馳せ、醸造技術も国家レベルの無形文化遺産保護となっています。しかしながら、中国では、ビールや蒸留酒「白酒」の人気が高く、紹興酒をはじめとする醸造酒「黄酒」の販売量はアルコール飲料全体の約5%にとどまっているとされ、このため、地元では、紹興に多くの観光客らを呼び込み、紹興酒の知名度を一層高め、消費拡大につなげたい意向が博物館に反映されています。

『中国黄酒博物館』と名付けられた博物館は、国内初の黄酒文化と産業文化をテーマにした専門博物館であり、建築面積16,000平方メートル、展示ホールの延床面積は10,000平方メートル、酒史フロア、酒芸フロア、3Dシアター、地下酒蔵などを設け、醸造酒の悠久の歴史と文化のエッセンスを展示し、紹興酒の歴史を紹介するコーナーには、古代の酒器や資料写真、紹興酒を愛飲したとされる紹興生まれの文豪・魯迅に関する展示もあり、立体映像で紹興酒の醸造工程を再現するコーナーが設けられている他、官女に扮した女性が紹興酒の正しい飲み方を披露するショーもあり、紹興酒の試飲をすることもできます。

⇒中国黄酒博物館HP

中国博物館紀行

芥川龍之介、西湖の旅

芥川龍之介.jpg明治の文豪・芥川龍之介は、子供の頃より『西遊記』、『水滸伝』などの中国古典文学を愛読し、中国古典から培った素養により、悠久の歴史を持つ中国大陸の風景に憧れを持っていました。1921年、大阪毎日新聞の海外視察員として、中国へ約3ヶ月派遣され、3月20日に上海に上陸し、上海・杭州・南京・九江・漢口・長沙・洛陽・大同・天津などを遍歴し、7月上旬に帰国し、後に見聞記「中国游記」(中国紀行)を書き記しています。

 

芥川の目に映った現実の中国は内憂外患であり、芥川にとって、憧れの中国認識を打ち砕くものでした。思い寄せていた中国風景になかなか出会えず、却って中国伝統文化の没落な光景や、場違いのような西洋化された風景をよく見かけたため、自国の文化を疎かにして、西洋の合理主義を追求することに対して嘆かわしいと記しています。しかしながら、1920年代〜30年代は、上海は極東最大の都市となり、東洋の魔都とも呼ばれ、人々の憧れの街となり、人を魅了していった頃です。


新新飯店.png芥川は、5月2日から2泊3日、杭州を訪問しています。当時は現在と違い、約5時間かけて列車に乗り、着いたのは夕方7時頃です。宿泊ホテルは、西湖の畔にある今日も現存営業し、オールドホテルとして知られている「新新飯店」です。場所は杭州シャングリラホテルの近くにあり、良い位置に立地しています。


芥川は、杭州駅から人力車でホテルまで向い、車中から見た最初の西湖の風景は、今日のような賑わいはなく、「人も犬もいなく、寂しい」と記し、期待したほどもないとがっかりしています。しかしながら、ホテル到着後に西湖周辺を散策し、夜であったこと、月明かりに照らされた西湖をみることができたからか、「西湖、私はこの瞬間、如何にも西湖らしい心持ちになった。茫茫と煙った水の上には、雲の中空から、幅の狭い月光が流れている。いつまでも西湖をみいっていた」と情緒豊かに表現し、感動しています。

 

 


百花繚乱の「雲会議」(オンライン会議)

日本では新型コロナウイルス感染拡大を受け、リモートワークが導入され、オンライン会議ツール「ZOOM」などが普及しつつあるが、中国においても同様にオンライン会議ツール(DingTalk、VooV Meeting、Xiaoyu Yilianなど、日本でもダウンロード可)を使用してのミーティングはスタンダードになりつつあり、雲会議(クラウドミーティング)だけではなく、「雲招商」(クラウド・企業誘致)、「雲契約」、「雲提案」、「雲投票」、「雲法廷」、「雲研修」、「雲面接」といった様々なクラウドミーティング「雲」化の日常業務が進化しています。

 

「DingTalk Lite」、アリババ系

「DingTalk Lite」は、「DingTalk(釘釘)」のグローバル版のワンプラットフォームで実現するクラウド系オフィスソリューション。主な機能は、ライブ配信:1,000人の参加者を1つのライブ配信グループに招待し、同時にその配信を複数のグループで共有して実施することで、視聴者数を最大化できる。ビデオ会議:地域に関係なく最大302人が参加できるビデオ会議の開催が可能で、画面共有やドライブ上でのファイル共有、また、美顔効果機能である「ビューティー・モード」や録画機能も搭載。グループチャット機能:最大1,000人までが参加可能で、全員または特定の参加者に通知を送信、14カ国語での双方向翻訳を可能にするAI翻訳機能により言語の壁を超えて自由にコミュニケーションをとることができます。

 

「VooV Meeting」、テンセント系

テンセント(騰訊)によるビデオ会議プラットフォーム「騰訊会議(Tencent Meeting)」の国際版「VooV Meeting」が日本を含め世界100以上の国や地域にリリースされています。「VooV Meeting」は、画面がシンプルな仕様で操作が簡単になっており、オンライン上でのドキュメントコラボレーション、ミニプログラムからの参加、高画質及びスムーズな会議とその管理やアクセス権の制御、画面共有などの機能をすべて使用でき、いつでも、どこでも、直ぐに会議に参加できます。


「Xiaoyu Yilian」、小魚易連

「Xiaoyu Yilian(小魚易連)」は、クラウドコンピューティングを使用したマルチパーティビデオ会議及びビデオビジネスアプリケーション。「クラウド+ターミナル」オーディオ及びビデオソリューションプロバイダーであり、革新的なフルシーンビデオハードウェアターミナルを備え、政府及び企業のプロフェッショナルビデオ会議及びアプリケーションビジネスニーズをサポートしています。

国際シンポジウム「21世紀アジアのグローバル・ネットワーク構築と静岡県の新たな役割」

今回のシンポジウムでは、アジアのグローバル・ネットワークと地域間交流を長期の視野で見ながら、新型コロナ禍のなかで「ポストコロナの国際経済・国際情勢」を展望する。

【日程】2020年8月26日(水)10:00〜16:30

【内容】

午前の部「アジアのグローバル・ネットワークと地域間交流」           

※オンライン配信(無観客/ライブ配信定員200名)      

午後の部「ポストコロナの国際経済・国際情勢」           

※会場での開催及びオンライン配信(ライブ配信定員200名)           

会場:グランシップ11階 会議ホール「風」           

参加者定員:150名 研究者、行政、企業・一般県民他

【主催】静岡県立大学グローバル地域センター

【問 合 せ】静岡県立大学グローバル地域センター TEL:054-245-5600 

 ※静岡県立大学グローバル地域センターHP⇒ https://www.global-center.jp/

漢民族は7つの亜種に分かれる?

中国は漢族と55の少数民族から構成される多民族国家である。このうち漢族は全人口の約92%を占め、少数民族人口は1億643万人で、中国全人口の約8%しか占めていない。少数民族の中で、最も人口が多いのはチワン族で、人口は1600万を超えている。最も少ないのはロバ族で、人口は3000人未満。少数民族の分布地域は非常に広く、その居住面積は約616平方キロで、中国の総面積の64%以上にも及んでいる。地理的に見ると、漢民族が大陸の中部から沿海東部にかけて居住し、少数民族人口の多くは、西南・西北・東北・北部という辺境地域に集中して居住している。


中国代謝解析計画連盟(ChinaMAP)は、4月30日、全土29の研究機関と病院と共に、中国最大規模の中国人遺伝子研究の結果を、雑誌「Cell Research」(発行:上海生命科学研究院)で発表した。この雑誌には全国27省・市と8民族、1万人を超える高深度の全遺伝子配列データと表現型の系統性分析に関する報告書が掲載されている。研究チームは、中国の異なる地域と異なる民族を代表する1万588人のDNAサンプルを測定し、ハイレベルな中国の集団別遺伝変異データを作成し、中国人の遺伝学的なグルーピングの構造分析、ゲノムの特徴比較と変異スペクトラムと病原性変異の解析を行った。


この研究は中国の7大地域を対象として、人口のトップ10の漢族、チワン族、回族、満州族、ミャオ族、イ族、チベット族と蒙古族を網羅し、中国人の地理的な差異と異なる民族が持つ、遺伝的背景の多様性と複雑さを現している。また、研究チームは史上初めて、漢民族は7つの異なる亜種、北方漢民族(北京、天津、河南、河北、山東、遼寧、吉林、黒龍江、山西)、西北漢民族(甘粛、陝西)、東部漢民族(江蘇、浙江、上海、安徽)、中部漢民族(湖北)、南方漢民族(貴州、四川、重慶、湖南、雲南、江西)、東南漢民族(福建)、嶺南漢族(広東、広西)に分かれることを示した。


少数民族の中では、チベット族、イ族、蒙古族、ミャオ族、チワン族にいずれも独特な種族としての特徴があり、遺伝的な近似性は、満州族と北方漢族が近く、回族と西北漢族、北方漢族も近い。異なる地域の種族が持つ変異特性は、歴史上の民族移動とも関係している。例えば、「河西回廊」はシルクロードの中の異なる民族が行き交った交通の要衝であり、歴史上、ソグド人(SOGD)などを含む多種の民族が、この地に住んで交易をしていたとみられる。研究により、現代河西回廊地区の人々が持つ遺伝子多形部位数はより多く、複雑であることが明らかになった。また、世界中の他の人々と比べ、中国人の遺伝的特徴はヨーロッパ、アフリカ、南アジア、ラテンアメリカの人々との間に大きな差違があり、アフリカ人との差違が一番大きい。日本人と北方漢族とは遺伝子成分で重なる部分が多いことが発見された。  


今回の研究報告は、中国人のゲノムの特徴を深く掘り下げ、広範囲に研究しており、これまでにない重要な意義を持っている。長い間、中国人の多くの遺伝疾患の研究は、直接外国人のデータと結論を適用してきたが、今後は地域の人々と人種の間の歴史的な繋がりと遺伝的背景に大きな差違があることを考慮する必要がある。

 (澎湃新聞等を参考に整理)