協議会ニュース

当協議会では活動及び静岡県と中国との交流情況を紹介するために機関誌を発行しています。

 

<2018年>

No.111 協議会ニュース2018年7月号.pdf

No.110 協議会ニュース2018年3月号.pdf

 

<2017年>

No.109 協議会ニュース2017年12月号.pdf

No.108 協議会ニュース2017年9月号.pdf 

No.107 協議会ニュース2017年6月号.pdf

No.106 協議会ニュース2017年3月号.pdf

 

<2016年>

No.105 協議会ニュース2016年12月号.pdf

No.104 協議会ニュース2016年10月号.pdf 

No.103 協議会ニュース2016年7月号.pdf

No.102 協議会ニュース2016年3月号.pdf  

No.101 協議会ニュース2016年1月号.pdf

改革開放40年、『今』・『昔』

中国経済、40年で200倍に

 今年は、中国が「改革・開放」路線を打ち出して40年が経過します。1978年12月、共産党第11期中央委員会第3回全会(3中全会)で、経済成長こそ最重要だとする新たな政策に大きく舵を切りました。
 1978年当時、中国の国内総生産(GDP)は3,679億元(現在のレートで約6兆3,300億円)。それが2017年は82兆7,122億元と約225倍に膨らみました。輸出額では1978年の98億ドル(同1兆650億円)が、2017年には2兆2,635億ドルと約230倍になりました。為替レートや物価変動で単純比較はできないが、40年近くで経済規模が200倍前後の変化を遂げたことが感覚的に理解できます。

浙江経済、40年で330倍に

 1978年当時、浙江省の域内総生産(GDP)は157億元(現在のレートで約2,700億円)、中国全体の4.2%を占め。それが2017年は5兆1,768億元と約330倍となり、中国全体では6.2%に上がました。一人当たり平均のGDPでも1979年の331元から2017年は91,551元へと、277倍となりました。今日の浙江は、改革開放政策の最大の恩恵を受けた省となっています。

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|| 静岡県日中友好協議会が誕生 ||
 改革開放の前年1978年、ケ小平副首相が来日し、日中友好フィーバーが起き、日中平和友好条約も結ばれ、静岡県でも中国とこれから独自で交流を考えなければならないという新たな機運が一気に高まりました。翌1979年、県内の各界各層のトップが発起人になって、「思想信条は問わず、官民一体となって、思想信条を超えて日中交流の一遍で組織を作りましょう」と呼びかけて誕生したのが『静岡県日中友好協議会』です。

 

|| 日中経済交流シンポジウムを開催 ||
 誕生したばかりの静岡県日中友好協議会は、翌1980年、これから日本との経済交流が進むことを念頭に置いて、中国が改革開放政策を具体的にどうやっているのかといった視点から、中国の代表団(現・中国商務部国際貿易経済合作研究院)を静岡県に招いて、「日中経済交流シンポジウム」を開催し、日中初のシンポイベントとして話題を呼びました。

孔子の末裔 孔祥楷

 儒教の創始者である孔子(BC551〜479)は、春秋戦国時代の末期に活躍した著名な思想家であり、教育家として広く知られています。
 孔子は仁・義・礼・智・信を提唱し、弟子を連れて全国を周遊し、晩年には六経という6種の経書からなる儒学の基本経典を著しました。後に弟子たちによって孔子の語録や思想が「論語」に編纂されました。

孔子、衢州に縁

 山東省の曲阜市には有名な孔子廟があります。しかし、実は孔子の家系は途中から北派(山東省曲阜市)と南派(浙江省衢州市)に分かれ、衢州市にも孔子廟があります。
1128年、金が大挙して南方に進駐し、宋の皇帝・趙構が南に逃げた際に、孔子48代目の直系子孫である孔端友が皇帝の世話役としてお供した功績が認められ、南宋が成立した際に衢州に家を与えられ、定住し始めました。その後、元、金、宋が入り乱れ、正統な孔子の直系子孫に与えられる「衍聖公」の爵位が同時に3名の子孫に与えられた時期もありましたが、元の初代皇帝フビライが中国を統一した際に、孔子の家系を精査し、52代の直系孔洙を「衍聖公」として北京に招こうとしましたが、孔洙は衢州ですでに5代続いている南派として孔子の墓を守る必要があるとの理由で、この爵位を北派の子孫に譲ったというエピソードがあります。

孔子75代、直系子孫/孔祥楷

 現在、衢州の南孔子廟を守る75代目の直系子孫/孔祥楷は、子供時代は自身の身分をほとんど明かさず、青年期は西安建築工程学院を卒業し、河北省唐山にある金鉱場に26年勤め、一般の技術員から金鉱場のトップになり、二千名の職員を率いました。60歳の時に瀋陽の黄金学院の副院長として抜擢され、その後、50年余離れていた衢州に戻り、市長の助役を務めながら、儒教文化や孔子の思想を広めることにより、知名度の低かった衢州市の発展に力を注いでいます。

 衢州市の南孔子廟でとりおこなわれる孔子の生誕記念祭は中央電視台に何度も紹介され、2011年には国家無形文化財に指定されました。この80歳近い穏やかな老人は「老爺子(おじいさん)」の愛称で市民から親しまれています。

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【儒学の創始者 孔子】          【孔子75代直系子孫 孔祥楷】

経済発展に急ブレーキ、中国の労働力問題

 2017年末時点、中国の18歳から44歳までの人口は5億4800万人に達している。中国メディアによると、この世代の人口は2022年には5億1800万人まで減少すると予想されている。日本では、16歳から64歳が生産年齢人口とされているが、中国は一律60歳定年なので、16歳から59歳までが中国の生産年齢人口とされ、上述の18歳から44歳までの人口は「働き盛り世代」と呼べる。中でも、労働参加率の全体的な低下の約35%が16−22歳の参加率低下によるものになると考えられており、若年層の減少が深刻な問題となっている。これは最も活力ある労働力がわずか5年で3000万人分も減少することを意味している。中国は高齢化と少子化も急激に進んでいることから、2050年までに65歳以上の高齢者が人口の32%を占める可能性があり社会の高齢化という問題も目前に迫っている。

 

 中国の生産年齢人口のピークは2011年で、2012年から生産年齢人口減少し始めている。これをGDP成長率と見比べてみると、2012年から経済成長率が低下し続けていることから、中国経済の減速と、生産年齢人口の減少は連動関係にあると考えられている。中国経済の成長率が数年連続で前年を割り込んでおり、これが労働力人口の減少に関連していると指摘されている。少なくとも今後15年間は、生産年齢人口は減り続けることになり中国経済にとって大問題となる。2015年に中国は一人っ子政策を事実上廃止したが、全面的な廃止となっても生産年齢人口は、今後15年間は増えない計算になる。

 

 実際、出生率は1960年代中ごろから低下を続けており、現時点では人口を維持できるだけの水準すら割り込んでいると考えられている。一人っ子政策が完全に廃止されても、現代中国人の子どもを産み、育てるという意識は日本同様低下しており、人口減少は日本や韓国だけでなく、中国にとっても深刻な問題となっている。また、労働人口の減少が継続すると、安定的な公的年金制度を維持することが一段と難しくなると指摘する専門家もいる。

 

 専門家は、一人っ子政策を即時完全に廃止する必要があると指摘している。また、一人っ子政策の廃止だけでは労働力人口の減少を食い止めることができないとの見方を示している。それは、経済発展に伴い、養育コストの増加に伴う出生率の低下が自然的な流れであるためである。そのため、東南アジアなどからの移民を受け入れる対策も早期に講じる必要があると指摘。広東省や浙江省など沿海地域の大都市で、ベトナムやフィリピンなど東南アジアのほか、アフリカからの労働者が多く働いており、今後はこの傾向が一段と進むと予測されている。


※「労働力不足のピークが迫る」等を整理

今時の中国の学生 日本に興味津々、私の学生たち

先日、ある女子学生が私に尋ねました。
「先生、7月に日本へ行くんですけど、東京の大きな書店を紹介してください。」「7月に花火大会をやっているところ、ありますか。」

 ここは、寧波大学外国語学院日本語学科です。各学年60名の学生が、日本語や日本文化を学んでいます。大学生にとって、6月末の期末試験、7月初旬の日本語検定を終えると、待っているのは約2か月の夏季休暇。この休みを利用して、日本へ旅行する学生もいるのです。

 日本語を学ぶきっかけはアニメ、アイドル、お笑い、ドラマ、村上春樹、東野圭吾等、人それぞれです。学生たちは、2年半の間、じっくり日本語を習得し、毎年25名前後の学生が3年後期(3月)から日本の大学へ1年間留学します。北は岩手大学から西は広島大学まで、協定校に留学した学生たちは、授業で学ぶだけでなく、サークルや生活を通して日本を肌で感じ、日本を満喫します。

 一方、寧波でも忙しい授業の合間に、日本語のサークル活動が行われています。それは隔週月曜日の夕方から始まる3大学合同のサークル、「日本語角」(日本語コーナー)です。寧波大学、工程学院、科学技術学院で日本語を専攻する学生たちが、もちまわりで約2時間のアクティビティを企画、運営しています。毎回、日本語、日本文化に関わる発表、ゲーム、自由交流の3本立てです。中でも楽しみなのは自由交流でしょう。大学や学年の枠を超え、留学生や日本人教師も参加して、日本語でおしゃべりする時間です。そして最後は恒例の記念撮影。

 4年生になると、学生は卒業論文に取り組みます。「森鴎外の作品における女性観」や「川端康成『雪国』の翻訳の比較研究」、「日本の焼き物文化」、「伝統芸能としての相撲」等様々なテーマで研究し、日本語で執筆します。5月の卒論口頭試問に合格すると、6月に晴れて卒業です。 こうして日本通、親日家の若者が、毎年、ここ寧波市内だけで何百人も巣立っていきます。

 

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【日本語コーナーをしめくくる記念撮影】       【真剣に学ぶビジネスクラスの学生達】 

 

交流推進員プロフィール:横井香織
学歴:静岡大学人文学部卒業、兵庫教育大学大学院博士課程修了、博士(学術)
職歴:静岡市内の公立中学校、県立高等学校に30数年間勤務
    2016年に中国へ渡り、中国海洋大学を経て、現在、寧波大学外国語学院外籍教師

シルクロード経済圏構想「一帯一路」

「今世紀の偉大なプロジェクトになるかもしれないし、価値のないものとなるかもしれない。だが、何であれ、部外者ではいられない」

〜今年4月、香港で開催された「一帯一路会議」のある出席者のコメント〜

 「一帯一路」構想は、海と陸の2つのルートから、アジアから欧州までを結ぶ大胆かつ巨大なプロジェクトです。世界人口の65%、世界経済の約40%を占める少なくとも70ヶ国に及び、数多くのインフラ・エネルギー計画を効果的に進め、こうした計画に必要な原材料を供給する炭鉱や石油・ガス田の開発も重要な位置を占めています。第2次世界大戦後の欧州を復興するため米国が推進したマーシャルプランに例えて、中国版「マーシャルプラン」と見る一方、開発途上国で展開する「新植民地主義」、中国周辺地域で構築が企図される「新時代の朝貢システム」といった見方があります。 中国が発展すれば日本も発展し、日本が発展すれば中国も発展するのが日中関係であり、日本にとっては、この「一帯一路」と自由貿易体制と連携していくならば、日本にも大きな恩恵があります。

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浙江省の一帯一路 (陸路の義烏と海路の寧波)

 浙江省には、陸路では欧州と結ぶ「義新欧」の義烏があり、海路では「寧波-舟山港」の港湾があり、正にゲートウェイがあります。

 海上シルクロードの玄関口である寧波-舟山港は、2017年に一帯一路建設総合試験区の認定を獲得し、同年のコンテナ取扱量は世界第4位、貨物取扱量は10億トンを突破しました。今では、古代海上シルクロードの出発港の一つである寧波-舟山港は、21世紀海上シルクロードの国際ハブ港となり、世界の600以上の港湾と繋がり、242本の航路を開いています。2016年の寧波と一帯一路沿線国・地域との年間貿易額は248億ドルに達し、2017年1月から10月まで寧波の一帯一路沿線国への輸出額が1044.6億元、前年同期比15.0%増、その内、中東欧諸国への輸出額は、141.8億元、前年同期比22.7%増に達しています。

 一方、陸路の「義新欧」列車の出発・到着駅の義烏には、世界最大の日用雑貨卸売市場があり、世界中のバイヤーが多く訪れ、日本でもお馴染の100円ショップ等の商品の多くはここから出荷されています。「義新欧」列車の目的地であるスペインのマドリードは、欧州の日用品の集散地と言われています。「義新欧」列車が運行することで、双方の商品・貨物の輸出入コストが下がり、輸送効率が高まり、浙江省や中国の商品がよりスムーズに海外展開できることや世界の商品を浙江省に集めることができるメリットがあります。2016年の義烏の輸出入貿易額が2229.46億元に達し、一帯一路の沿線国への輸出額が159.5億元、同年期比6.2%増加し、輸出総額の51.9%を占めています。

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お墓が高くて死ねない! 中国のお墓事情

 毎年4月初めの清明節になると、中国人は先祖のお墓参りに行く習慣がある。日本では何代にも渡って家族が先祖と一緒にお墓に入ることができるが、中国では1名又は2人の個人や夫婦墓が一般的な風習であり、北京等大都市の墓地は、「人口増加、土地不足」のために、墓地の価格は急激に値上がりしている。お墓市場では、ややもすれば、数万元、数十万元、ひいては百万元を超える墓地も出回っており、ごく一部の裕福な人達を除けば、一般市民にとっては平静ではいられない。「お墓が高くて死ねない!」という話題は、決して巷の茶飲み話ではなくなってきている。

 民生部が発表した『2014-2015中国葬儀事業発展報告』によると、中国の年間死亡人数は約800万人で、火葬される比率は50%である。土地資源が不足しているため、大部分の省で、既存の墓穴を10年以内には使いきってしまう勢いである。

 このような背景によって、墓地の価格は絶えず上昇している。一方、地方によっては墓地の面積の広さを他の人と競い合うといった競争意識もはたらき、お骨を埋葬する1名又は2名の墓地面積は1uを超えてはならないという、政府が定めた規定があるにも関わらず、個人がオーダーメイドする墓地には、面積が10uを超えるものや、豪華に装飾されたものも大量に存在する。いわゆる「風水」の良い場所に建てられた豪華な墓地は、顧客が面積や設計、石材等を自由に選択でき、1つの墓地に数百万元をかけるといった状況も珍しくない。

 なぜ墓地を市場化する必要があるのか?なぜ公益化して、平等な社会を建設することができないのか?というような疑問が生まれてきている。

 人は生まれながらにして平等だというのは理想主義にすぎないとしても、死ぬときには平等であってもよい。実際、寧夏省銀川市では定価99元の公益墓地が多数売り出されているが、誰も見向きもしない。行政部門の監督不足により、公共墓地は手抜き工事というのが公益墓地の代名詞となってしまっている。

 生まれれば親に養われ、亡くなれば拠り所となる場所があるというのが人間の基本的な権利である。もともと葬儀業界は、公共サービスの保障範囲に組み入れられた民生事業であるべきであり、葬儀にまつわるビジネスを本来の公共サービスに戻し、墓地の公益化を推進する時代が訪れようとしている。又、樹木葬、海葬等の生態的な手段が積極的に採用されれば、土地の利用やコストが削減できるだけでなく、環境保護にも役立つ。人々のお墓に対する観念を変えていく必要がある。

※「捜狐評論」等を整理