2024年7月、「北京中軸線:中国が理想とする都城秩序の傑作」が ユネスコ世界文化遺産に選ばれました。単なる歴史的な建築物ではなく、儒教の概念が都市機能として表現されて現代に至る遺産であることが評価されました。
この遺産の最大の特徴は「線」による街づくりです。エルサレムやパリなど歴史上の主要都市は、聖なる神殿や王宮など街の「中心」から放射線上に広がった街づくりをしています。しかし、北京は、天、皇帝、市民の住む場所を線として配置しているのが特徴です。北は市民が暮らす場(鐘鼓楼を中心とする商業街)、中央は皇帝の領域(紫禁城:現在の故宮)、南は中軸線を対称線として左右に天と農を祭る聖域(天壇、先農壇)が配置されて、一本の線を中心に、街の機能が配置されているのです。
この中軸線の概念は、長安など他都市で以前から取り入れられていましたが、北京の街づくりにあたってこの概念を取り入れたのは、モンゴル民族の元王朝だと言われています。
元王朝の皇帝だったフビライ・ハンは、自らはチベット仏教を信仰していましたが、統治のためには庶民に広がる儒教を活用することにしました。そこで参謀で儒学者でもあった劉秉忠の献策により、儒教の経典『周礼』に描かれた理想の都の建築を目指します。儒教では「規則的で対称的なバランスを保っている状態」が調和のとれた理想像と考えられていました。このため線の各所に天、皇帝、市民の居場所を配置することで、最も調和の取れた街の姿を体現したのです。この手法は、その後の明、清、そして現代にも受け継がれていきます。
ユネスコに評価されたのは、中軸線を「過去の遺物」で終わらせなかった点です。王朝が変わっても、「1本の線上で都市のバランスを保つ」考え方は、形を変えながらも引き継がれていきました。
そして現代、中華人民共和国になった今も中軸線の北側には「鳥の巣(国家体育場)」が、南側には「北京大興空港」が作られました。
中軸線に沿って人が集まる場所を配置したのは、この思想を踏襲していると言われます。北京の街は、儒教が理想とする「調和」の姿を時代ごとに発展させながら、700年後の現代にも受け継がれているのです。
中軸線は直線距離で7.8㎞ですが、実際に歩くと故宮や天安門など入場制限のため迂回が必要な場所もあり、各構成遺産に立ち寄っていけば実際は15~20㎞を歩きます。それでも2024年に世界文化遺産に認定されてから、このルートは中国現地でも大変な人気で、土産店の店主は、今や北京の3大名物は「万里の長城、北京ダック、北京中軸線だ」と笑います。景山、天安門、天壇などの構成遺産は、それぞれが深い歴史的な背景を持つ観光地ですが、これらを中軸線に沿って歩いて回ろうとする人が増えているのです。
早朝に北側の鐘楼・鼓楼をスタートすると、景山の頂上から、故宮の黄金の屋根が中軸線に沿って整然と並ぶ様子は圧巻です。厳重な警備が敷かれた天安門を横目に歩きながら正陽門の南に広がる前門大街に達すると、賑やかな商売人の声が聞こえてきます。威勢の良い呼び込みにつられて羊の串焼きを購入し、小腹を満たして南下すると天壇が鎮座しています。年に一度だけ皇帝が天と対話を交わした空間で心を落ち着かせ、夕暮れに永定門にたどり着けばゴールです。
天、皇帝、市民の調和を目指して作られた街並は、今も大きく変わることなく北京の中心部を貫いています。700年の歴史に触れる「線の旅」に、あなたも出かけてみませんか?