静岡県日中友好協議会
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孔子の末裔 孔祥楷

 儒教の創始者である孔子(BC551〜479)は、春秋戦国時代の末期に活躍した著名な思想家であり、教育家として広く知られています。
 孔子は仁・義・礼・智・信を提唱し、弟子を連れて全国を周遊し、晩年には六経という6種の経書からなる儒学の基本経典を著しました。後に弟子たちによって孔子の語録や思想が「論語」に編纂されました。

孔子、衢州に縁

 山東省の曲阜市には有名な孔子廟があります。しかし、実は孔子の家系は途中から北派(山東省曲阜市)と南派(浙江省衢州市)に分かれ、衢州市にも孔子廟があります。
1128年、金が大挙して南方に進駐し、宋の皇帝・趙構が南に逃げた際に、孔子48代目の直系子孫である孔端友が皇帝の世話役としてお供した功績が認められ、南宋が成立した際に衢州に家を与えられ、定住し始めました。その後、元、金、宋が入り乱れ、正統な孔子の直系子孫に与えられる「衍聖公」の爵位が同時に3名の子孫に与えられた時期もありましたが、元の初代皇帝フビライが中国を統一した際に、孔子の家系を精査し、52代の直系孔洙を「衍聖公」として北京に招こうとしましたが、孔洙は衢州ですでに5代続いている南派として孔子の墓を守る必要があるとの理由で、この爵位を北派の子孫に譲ったというエピソードがあります。

孔子75代、直系子孫/孔祥楷

 現在、衢州の南孔子廟を守る75代目の直系子孫/孔祥楷は、子供時代は自身の身分をほとんど明かさず、青年期は西安建築工程学院を卒業し、河北省唐山にある金鉱場に26年勤め、一般の技術員から金鉱場のトップになり、二千名の職員を率いました。60歳の時に瀋陽の黄金学院の副院長として抜擢され、その後、50年余離れていた衢州に戻り、市長の助役を務めながら、儒教文化や孔子の思想を広めることにより、知名度の低かった衢州市の発展に力を注いでいます。

 衢州市の南孔子廟でとりおこなわれる孔子の生誕記念祭は中央電視台に何度も紹介され、2011年には国家無形文化財に指定されました。この80歳近い穏やかな老人は「老爺子(おじいさん)」の愛称で市民から親しまれています。

【儒学の創始者 孔子】          【孔子75代直系子孫 孔祥楷】



経済発展に急ブレーキ、中国の労働力問題

 2017年末時点、中国の18歳から44歳までの人口は5億4800万人に達している。中国メディアによると、この世代の人口は2022年には5億1800万人まで減少すると予想されている。日本では、16歳から64歳が生産年齢人口とされているが、中国は一律60歳定年なので、16歳から59歳までが中国の生産年齢人口とされ、上述の18歳から44歳までの人口は「働き盛り世代」と呼べる。中でも、労働参加率の全体的な低下の約35%が16−22歳の参加率低下によるものになると考えられており、若年層の減少が深刻な問題となっている。これは最も活力ある労働力がわずか5年で3000万人分も減少することを意味している。中国は高齢化と少子化も急激に進んでいることから、2050年までに65歳以上の高齢者が人口の32%を占める可能性があり社会の高齢化という問題も目前に迫っている。

 

 中国の生産年齢人口のピークは2011年で、2012年から生産年齢人口減少し始めている。これをGDP成長率と見比べてみると、2012年から経済成長率が低下し続けていることから、中国経済の減速と、生産年齢人口の減少は連動関係にあると考えられている。中国経済の成長率が数年連続で前年を割り込んでおり、これが労働力人口の減少に関連していると指摘されている。少なくとも今後15年間は、生産年齢人口は減り続けることになり中国経済にとって大問題となる。2015年に中国は一人っ子政策を事実上廃止したが、全面的な廃止となっても生産年齢人口は、今後15年間は増えない計算になる。

 

 実際、出生率は1960年代中ごろから低下を続けており、現時点では人口を維持できるだけの水準すら割り込んでいると考えられている。一人っ子政策が完全に廃止されても、現代中国人の子どもを産み、育てるという意識は日本同様低下しており、人口減少は日本や韓国だけでなく、中国にとっても深刻な問題となっている。また、労働人口の減少が継続すると、安定的な公的年金制度を維持することが一段と難しくなると指摘する専門家もいる。

 

 専門家は、一人っ子政策を即時完全に廃止する必要があると指摘している。また、一人っ子政策の廃止だけでは労働力人口の減少を食い止めることができないとの見方を示している。それは、経済発展に伴い、養育コストの増加に伴う出生率の低下が自然的な流れであるためである。そのため、東南アジアなどからの移民を受け入れる対策も早期に講じる必要があると指摘。広東省や浙江省など沿海地域の大都市で、ベトナムやフィリピンなど東南アジアのほか、アフリカからの労働者が多く働いており、今後はこの傾向が一段と進むと予測されている。


※「労働力不足のピークが迫る」等を整理



今時の中国の学生 日本に興味津々、私の学生たち

先日、ある女子学生が私に尋ねました。
「先生、7月に日本へ行くんですけど、東京の大きな書店を紹介してください。」「7月に花火大会をやっているところ、ありますか。」

 ここは、寧波大学外国語学院日本語学科です。各学年60名の学生が、日本語や日本文化を学んでいます。大学生にとって、6月末の期末試験、7月初旬の日本語検定を終えると、待っているのは約2か月の夏季休暇。この休みを利用して、日本へ旅行する学生もいるのです。

 日本語を学ぶきっかけはアニメ、アイドル、お笑い、ドラマ、村上春樹、東野圭吾等、人それぞれです。学生たちは、2年半の間、じっくり日本語を習得し、毎年25名前後の学生が3年後期(3月)から日本の大学へ1年間留学します。北は岩手大学から西は広島大学まで、協定校に留学した学生たちは、授業で学ぶだけでなく、サークルや生活を通して日本を肌で感じ、日本を満喫します。

 一方、寧波でも忙しい授業の合間に、日本語のサークル活動が行われています。それは隔週月曜日の夕方から始まる3大学合同のサークル、「日本語角」(日本語コーナー)です。寧波大学、工程学院、科学技術学院で日本語を専攻する学生たちが、もちまわりで約2時間のアクティビティを企画、運営しています。毎回、日本語、日本文化に関わる発表、ゲーム、自由交流の3本立てです。中でも楽しみなのは自由交流でしょう。大学や学年の枠を超え、留学生や日本人教師も参加して、日本語でおしゃべりする時間です。そして最後は恒例の記念撮影。

 4年生になると、学生は卒業論文に取り組みます。「森鴎外の作品における女性観」や「川端康成『雪国』の翻訳の比較研究」、「日本の焼き物文化」、「伝統芸能としての相撲」等様々なテーマで研究し、日本語で執筆します。5月の卒論口頭試問に合格すると、6月に晴れて卒業です。 こうして日本通、親日家の若者が、毎年、ここ寧波市内だけで何百人も巣立っていきます。

 

【日本語コーナーをしめくくる記念撮影】       【真剣に学ぶビジネスクラスの学生達】 

 

交流推進員プロフィール:横井香織
学歴:静岡大学人文学部卒業、兵庫教育大学大学院博士課程修了、博士(学術)
職歴:静岡市内の公立中学校、県立高等学校に30数年間勤務
    2016年に中国へ渡り、中国海洋大学を経て、現在、寧波大学外国語学院外籍教師



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