群雄割拠に時代に生きた 諸葛孔明

 諸葛孔明は中国後漢末期から三国時代、群雄割拠する時代に、蜀漢の丞相として、劉備に「三顧の礼」で迎えられ、赤壁の戦いで魏の曹操を破り、全国に名を轟かせ、天才軍師の活躍が「三国志演義」に記載されています。


諸葛八封村

 浙江省金華市蘭渓市の西へ18キロほどのところに位置する所に、鎮内に諸葛孔明の末裔一族が多く住む諸葛八卦村があります。

 現在約4,000人が住み、その住民の約80%、5人に4人は「諸葛」姓と言われています。

 この村が作られたのは、1340年頃で第27代宗主の諸葛大獅の時代です。諸葛大獅は、建築の専門知識があり、村の構造を綿密に設計した上で、諸葛一族の村づくりを始めたそうです。 

 

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【浙江省蘭渓市にある諸葛八封村】


 村の敷地内は、易(古代占法の一つ)の八卦(はっけ)の形に設計され、鐘池(陰陽魚太極図の形)を中心にして八本の小道が放射状に外側へ向かって延び、内八卦を形成しています。外側は8つの山に囲まれ、村を外界から隔離し、これが外八卦と言われています。村自体も小高い山の上にあるため、これまでの数々の戦乱から逃れ、守られてきたと言われています。何百年もの歳月を経ていますが、形を全く変えず、現在に至っています。

 

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【鐘池(陰陽魚太極図)】


 更に、村には現在でも200軒以上を超える明・清時代の建物がほぼ完璧な状態で残っていること等から、1996年11月に国務院の全国重点文物保護単位に指定されるとともに、国の「AAAA級観光地」にも指定されています。